異国への誘いはいつも突然だ。
宇野昌磨さんのラストシーズンとなった昨季、グランプリ(GP)シリーズの中国杯(重慶)、NHK杯(大阪)、北京でのGPファイナルの3大会で撮影する機会に恵まれた。
昨年の中国出張の知らせは休暇中に電話で受けた。福岡への転勤で、フィギュアスケート取材、ましてや海外出張の機会など、半ば諦めていたところもあり、まさに青天のへきれきだった。
今回は梅雨空の7月上旬、福岡で日々の仕事を続ける中、デスクからメッセージが入った。「スイス・シャンペリーのアイスショーで、宇野昌磨さんとステファン・ランビエルさんが共演します。吉田くんは行けますか?」
思えば、東京で開かれた宇野さんの引退会見に行けるわけもなく、ネット交流サービス(SNS)で「お疲れさまでした」と投稿するのが精いっぱい。アイスショーの取材機会も関東ばかりで私の出番はなし。そんな中で突然の撮影機会がやってきた。そして行き先は宇野さんのコーチだったランビエルさんの古里スイス、そして現在の拠点シャンペリーである。
「チーム・シャンペリー」と評されるランビエルさんと選手との関係は、見ていてどこか多幸感がある。もちろん、競技は結果ありき。だが、氷上の表現を突き詰めていく者同士の深い絆を感じる場面を幾度となく目にしてきた。シャンペリーはどんなところなのか。一度は訪れてみたいと思うのは私だけではないはずだ。
福岡を出発したのは6日午前。上海、アムステルダムを経由し、スイス・ジュネーブ国際空港に到着。外に出ると夜でも蒸し暑く、木々の匂いが濃く漂っていた。この日は空港脇のホテルでひと休みし、翌日に備えた。
7日早朝からジュネーブを離れ、鉄道で移動。駅には昔の上越新幹線のような2階建て車両が待っていた。ローザンヌ辺りまでは美しい市街地の街並みや牧草地を抜けてゆく。エーグル駅で乗り換えると、ぐんぐんと斜面を登る。車窓には山あいの家々が広がり、雄大な山々は今まで見たことがない光景で、思わず言葉を失う。
終点のシャンペリーに降り立つと、ログハウスのような建物が見え、色鮮やかな花々の出迎えを受けた。美しい景色の連続で一瞬、旅気分になったが、シャンペリーで過ごす時間は少ない。限られた時間の中で、スケーターの演技を丁寧に切り取ろうと自分に言い聞かせた。
会場は駅から歩いて5分ほど。レストランやスポーツ施設が入る大きな建物の中にあった。「チーム・シャンペリー」の練習拠点は黒と白を基調とし、広々とした印象。リンクサイドには観客席用のレッドカーペットが敷かれていた。
リハーサルが始まり、リンクにはピアノの生演奏が響く。島田高志郎選手や宮原知子さんら出演するスケーターたちが振り付けを確認し、ランビエルさんが細かな部分に修正を入れていた。宇野さんはジーンズにシャツ姿でリンクに現れ、軽やかに滑った。照明を入れた2回目は最後に転倒し苦笑い。
「大丈夫?」と日本語で話しかけたランビエルさん。その後ろ姿を見ていると、2人が歩んできた道のりを思い出した。大好きなスケートを通じた物語は、競技を離れても変わらず続いている。スイスの地で妙にうれしくなった。【吉田航太】
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