高知の夏の風物詩、よさこい祭り。
各チームが、統一美などを追求した完成度の高い演舞を披露するなか…
どこまでも我が道を行く!異色の存在として知られるこちらのチーム。
皆さん知っていますか~?
(遠藤弥宙アナウンサー)
「藤﨑さんは知っていますか?」
(藤﨑美希アナウンサー)
「もちろんです!毎年、『おっ、来た!』というふうに注目しているチームでして…自由というのが個性的でいいですよね」
高知大学南溟寮チーム!2024年で38回目の出場でした。これまで多くの学生を受け入れてきた南溟寮は高知市小津町に誕生してから2024年で100周年を迎えました。先日、現役の寮生とOBらが一堂に集まり、記念イベントが開かれました。
高知大学朝倉キャンパスの近くにある南溟寮。学生自らが運営する自治寮で、現在およそ100人の男子学生が暮らしています。
これまで数えきれないほどの学生たちがお世話になってきた南溟寮は、2024年で100周年。高知大学75周年のイベントに合わせて、節目の年を盛大に祝おうと、現役の寮生とOBらおよそ90人が集まりました。
イベントでは、OBらが寮内を見学。目を輝かせながら、懐かしい思い出を語り合いました。
(OB)
「言っていいの?今住んでいる人に『金縛りに合うよ』って。ここの角部屋はいかんのやって」
(OB)
「それはお前の問題やろ(笑)」
(OB)
「あ!僕の名前があった!坂本君。僕、坂本なんです」
「寮から出てきた人がヤクザみたいな人ばかりで、本当に母は心配しながら帰ったと思うんですけど、頑張りました、“5年間”…4年で卒業せずに…(笑)」
ここで予定外の事態が!OB主導で突然歌の練習が始まりました。イベントの目玉である“ストーム”の練習です。
南溟寮のストームとは役員の寮生が赤いふんどし、ほかは白いパンツ=猿股というスタイルで円陣を組み、寮歌を歌います。昔は、行事後の飲み会のほか、寮生の誕生日、失恋したときの励まし会など、何かにつけて行っていたということですが、騒音の問題や時代にそぐわないなどの理由からストーム文化は薄れていったといいます。
また、入学した日から1週間、寮生が毎日2時間の特訓に励んだという寮歌も、今では年2回ほどしか歌う機会はありません。
OBから特訓を受けた現役の寮生たちは…
(現役の寮生)
「今では歌える人がいないので、寮歌や豪気節を練習して、昔の寮はこんな感じだったというのを知っていきたい。(Q.当時のスタイルについて)上裸で歩くのですよね。僕は面白そうだなって思っています」
(現役の寮生)
「きょう上裸で歩くんですか…?」
「えっ?たぶんきょうは上裸じゃないと思う…」
「ですよね!!」
「さすがに雨も降ってるから…」
午前中に降っていた雨も止み、準備はばっちり!いよいよ本番です!
(現役の寮生)
「楽しみです!」
(OB)
「けがをしないようにやりたいと思います!」
♪豪気節(大正12年寮歌)
一つとせ
一人のあの娘が恋しけりゃ
潮吹く鯨で気を晴らせ
そいつあ豪気だね
二つとせ
故郷忘りよか若き身に
桂の浜に星が跳ぶ
そいつあ豪気だね
三つとせ
南の御国は土佐の国
革命と自由の生まれし地
そいつあ豪気だね
四つとせ
良し悪し騒ぐは野暮な奴
飲めや歌へやはね廻れ…
(現役の寮生 総務 副島秀之さん)
「OBの人たちが学生のときに戻っていて、目をキラキラさせながらずっと寮歌を楽しそうに歌っているのがとても印象的でした」
(現役の寮生 副総務)
「感化されて、形は違えど文化を継承していきたいなと思いました」
(高知大学南溟寮100周年記念事業実行委員会 濱本敦敬 実行委員)
「その精神を受け継いでもらえたらと。寮歌という形でなくてもいいですから、高知大学に入って南溟寮に入って、将来10年20年、50年経っても忘れないような思い出を作ってほしいと思います」
100年の歳月の中で変化していく文化。しかし、そこに込められた精神は、先輩から後輩にしっかりと受け継がれました。
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