今の時代、人の上に立つ管理者の悩みは深い。部下が優秀であるがゆえに、なおさら……ということもある。サッカー・J1のヴィッセル神戸はリーグ屈指の戦力を誇る。それを束ねる吉田孝行監督(47)はマネジメントで「うそをつかないこと」を大事にしながら、リーグ連覇へと導いた。
昨季の初優勝を経て、他クラブからの警戒が増す。9月からはアジア・チャンピオンズリーグ・エリート(ACLE)が始まるため、過密日程は避けられない。それを見据えた戦力補強で獲得したのは、これまでの海外スターではなく、国内の実力者。FW宮代大聖(24)、MF井手口陽介(28)らが加入し「2チーム分」の戦力がそろった。
当然、メンバーの見極めが難しくなった。吉田監督は「基準」を設け、選手にも伝えた。「イエス、ノーをはっきりと言う。時には傷つけていることもあるかもしれないけど、ぶれることはない」。それは絶対的エースに対しても例外ではなかった。
6月26日、この時首位を走っていたFC町田ゼルビアとの大一番の先発にFW大迫勇也(34)の名はなかった。前節のガンバ大阪戦では後半途中交代を命じ、さらに町田戦の前に、大迫にベンチスタートを伝えた。最前線にはFW佐々木大樹(25)を起用した。
「『監督、ふざけるなよ』というのは(口に)出さないけど、絶対あるのは分かった。でもそれが狙いでもある。その時のスタートで使った大樹に関しても、『お前がやらなきゃ、サコ(大迫)を外してんだぞ』っていうメッセージでもあった」と吉田監督は振り返る。選手の実績に敬意を払いながらも「基準」はぶれなかった。
主力の元日本代表FW武藤嘉紀(32)は「(昨季と比較して)チーム内の競争がすさまじくなっている。僕がメンバーに入るのですら簡単ではないチームの雰囲気がある。僕らは全幅の信頼を監督に置いている」と語る。
公平な競争を経て、出場する選手が活躍し、また競争が激化するという循環を生んだ。吉田監督が要所で実施した大胆なターンオーバー(大幅なメンバー入れ替え)は、信頼関係が下地にある。
山場は9月。ACLEのタイ遠征、ブリラム戦から中4日でアウェーのアルビレックス新潟戦に臨み、さらに中2日で迎えた天皇杯全日本選手権の準々決勝、鹿島アントラーズ戦では新潟戦から11人全員を入れ替えた。9月は三つの大会の計6戦を5勝1分けで乗り切り、J1リーグ戦としては8月下旬から10月上旬まで6連勝。苦しい時期に16年ぶりに同一シーズンのクラブ連勝記録を更新する戦いができたことが、優勝を近づけた。
連覇したJ1の他に、天皇杯も制覇。ACLEも順調に白星を積み上げている。ビッグクラブの仲間入りとも言えるが、吉田監督は「ちょっと歯車が狂うと優勝争いから残留争いになるリーグ。何も油断することはない」と緩みはない。
「サッカーは生活の一部」と休みなく自チームと他チームの分析に明け暮れる指揮官の下、妥協を許さないプロフェッショナルな集団だった。【生野貴紀】
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