(11日、第106回全国高校野球選手権大会1回戦 早稲田実8―4鳴門渦潮)

 右目だけでも十分にわかる。甲子園はスタンドから見るより、ずっと広い。「聖地、うん、聖地。どの球場よりも」

 鳴門渦潮の記録員高松陽(はる)は、もともとは外野手だ。島根県の高校にいた1年生の秋。練習で打撃投手をしているとき、土に足を取られてバランスを崩した。「あっ」。打球が左目を直撃し、視力をほぼ失った。

 目を守るためのサングラスをつけて選手を続けた。だが、バットの芯で捉えたと思ったら先っぽに。内角の変化球には腰がひけた。片目では距離感がつかめない。上達していく仲間を見ては無力感にさいなまれた。

 通院と両親の仕事の都合で、2年春に転入した。目の影響で片頭痛も出るなど、満足に練習できない。その分たくさん野球の本を読み、スコアの付け方を勉強した。

 プロの世界にはデータ分析専門の「アナリスト」が活躍していると知った。朝から夜までスコアをつけても楽しい自分にぴったりだと思った。

 ある日の朝食の後、母親に告げた。「学生コーチになるって監督に相談してくる。背番号縫ってもらえなくなるけど、ごめんね」

 徳島大会中は次の対戦相手の特徴をつかむため、球場を回った。「バント処理×」「外のスライダー有効」などとパソコンで数枚のA4用紙にまとめ、毎試合前に仲間たちに配った。この日の試合前に配ったものには「できる! できる!」と言葉も添えた。

 事故がなければ、みんなから「ありがとう」と言われる喜びを知ることはなかった。甲子園の景色も見られなかったかもしれない。「よかった」とは言えないけど、「これも人生なのかなって思います」。(大宮慎次朗、吉田博行)

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