パリ・オリンピック第3日は28日、当地のシャンドマルス・アリーナで柔道男子66キロ級決勝が行われ、東京五輪金メダルの阿部一二三(26)=パーク24=が金メダルを獲得し、五輪2連覇を果たした。この日は女子52キロ級で同じく東京五輪金の妹、詩(24)=同=が2回戦敗退するよもやの展開。兄は「五輪の魔物」を目の当たりにしながら、それを強さのみで退けた。
ビリアン・リマ(ブラジル)との決勝は、試合中盤から巧みな投げを披露して、一本勝ち。盤石の柔道で五輪2連覇を果たしても、一二三から「すごい悔しい」という言葉が口を突く理由は明白だった。
一二三が初戦の2回戦に臨む直前、詩がウズベキスタン選手の一瞬の隙(すき)を突く投げ技に屈した。泣き叫ぶ妹の姿を、ウオーミングアップするスペースの映像で見ていたという。
近くにいた日本男子の鈴木桂治監督からすると、「(詩が)負けた後にパッと畳に向きを変えていた」と、一二三の表情が崩れたようには見えなかった。
内心は違ったようだ。一二三は試合後、こう振り返っている。
「泣きそうにもなりましたよ、正直」
しかし、気持ちの切り替えは、本人いわく「すぐ」できた。「泣くのは今じゃない、と。ある意味、開き直ったというか。もうやるしかないなという覚悟は決まった」
畳の上でも冷静だった。
決勝では冷静に前に踏み込んで、隅落としで技あり。やや苦しい姿勢になっても背負いに引き込み、最後は袖釣り込み腰で勝負を決めた。
一二三の柔道で象徴的な豪快な背負い投げは言わずもがな世界中で研究されている。でも、焦らない。鈴木監督は「4分間で『これからこういう時間帯になる』と考える試合運びがうまい。最後に『一二三』という柔道を出すという形が確立できていた」と評し、こうも語る。「一二三は重圧をはねのけるのではなく、受け入れている」
自身二つ目の金メダルを手にし、一二三が口にした目標は、次なる連覇を超える「五輪4連覇」だった。そして「もっともっと頑張らないといけない理由が増えた」。再び、兄妹での五輪の頂点に立つことだ。
「きょうだいで(2028年)ロサンゼルス五輪で金メダルを取るために、ここからもっと詩は練習して、試練を乗り越えていく」
詩はロス五輪を目指すことまでは明言しなかった。打ちひしがれても、試合後の兄にはしっかり「おめでとう」と声を掛けてくれた妹。一二三は「(詩の)気持ちが落ち着いてから、話をしようかな」と結論は急がない。
互いに稽古(けいこ)漬けだった中高時代はほとんど話す機会もなく、現在も「ごくまれ」(一二三)に食事に行く程度。ただ、それが良い距離感なのだという。
「きょうだい」をテーマにした23年12月の毎日新聞の取材。特に思春期の妹を持つ世間の兄に呼びかけたいことは――。こう問われた一二三は悩みながらも、つぶやいた。
「一番ケンカもする年代だと思うけど、いつまでも優しくすること。難しいとは思うんですけどね」
2人にとってうれしさと悲しさがない交ぜになったこの日、一二三が大舞台で見せた振る舞いは、やはり頼れるお兄ちゃんそのものだった。【パリ岩壁峻】
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