軽く握ったバットを、根本から先端までゆっくり見つめた。大歓声も仲間の声も、不思議と聞こえない。壮絶なシーソーゲームでも冷静さを保てている自分に気づき、少しだけ口元が緩んだ。  8-9で迎えた八回1死二塁。6球目、外角低めのスライダーを左前にはじき同点とした。二塁に進み険しい表情でベンチを指さした。「ここから続けよ」。執念の一打は、九回のサヨナラにつながった。  子どもの頃。夏休みにテレビを見ていると、自分が生まれた2006年の甲子園の映像が流れた。マウンドでガッツポーズする早実の背番号1に目がくぎ付けになった。チームを優勝に導き、後にプロ野球選手になった斎藤佑樹さん。「この人みたいになりたい」と思い、七夕の短冊に書いた。「早実の野球部に入りたい」  夢を実現し、あこがれのユニホームでグラウンドに立って気付いた。「あこがれるだけじゃ勝てないし、甲子園に行けない」。誰よりも早くグラウンドに来て一番遅くまで練習した。  2年生の春。自分のミスが原因で負ける試合が続いた。極度に失敗を恐れた結果、消極的なプレーになり、背番号は6から19になった。それでも「挑戦なくして成功なし」と自分に言い聞かせた。打席では1球目から積極的に振り、守備でもボールに食らい付いた。できなかったことができるようになった。蓄積してきた自信が、強気で試合に臨める原動力になった。  白地にえんじ色で「WASEDA」の文字。あこがれだったユニホームを着て、あこがれだったあの人と同じ舞台に立つ。「今は、あこがれよりも、勝つために向かう場所です」。静かに闘志をたぎらせた。(昆野夏子)


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