「失礼します。甲子園に行きます」。私立城北高校(熊本県山鹿市)の野球部グラウンドで練習前に監督室を訪れた部員があいさつをした。

 部員たちは寮内やグラウンドでは、あいさつの語尾に「甲子園に行きます」を付けるよう、心掛けている。

高校野球 × ことば

 うまくなりたい、強くなりたい。言葉の力で、その思いをかなえようと取り組む熊本の球児たちを追いかけました。

 主将の林田羽叶(はねと)さんたち3年生が1年生のときに「日ごろから『甲子園』と口にすることで、意識を高めよう」と、コーチの一人の発案で始めたという。

 最初のうちは、野球部以外の同級生から「なに言ってるの?」と驚かれて気恥ずかしかった。だが、言い続けているうちに「いや、俺たちは本気で甲子園出場を狙っているから」と堂々と言えるようになった。

 学校の先生たちにも「甲子園に行きます」と、あいさつする。「では、君たちはそのために、どんな行動をしているのだろう」と見られているのではという意識が生じ、部活動以外の場での振る舞いにも気を配る。

 毎日、口にする「甲子園」が以前よりも身近に感じられ、頑張れば手が届く場所と思えるようになった。

 城北は今大会、6日の初戦を公立の実力校相手に戦い、2―3で惜敗した。開会日の第2試合という緊張感の中、ミスはほとんどなく、積み重ねた修練と集中力の高さをみせた好ゲームだった。

 林田さんたちは「甲子園に行きます」を本気で言っていたことを、試合内容で示したが、その実現は後輩に託された。

立命館大スポーツ健康科学科の笹塲育子准教授(スポーツ心理学)の話

 専門はスポーツ心理学で、トップ運動選手らの心理状態やメンタルトレーニングについての研究、論文を多く手掛けている。著書に「科学としてのメンタルトレーニング」、論文に「試合における実力不発揮状態の改善に及ぼす声がけの影響」などがある。

 繰り返し「甲子園に行きます」と言うことで、実際にそこに行くことを想像する。甲子園に立つ自分、本気で目指す自分が具体化されて「自信」の構成要素の一つ「自分が成功するイメージを持つ」ことにつながる可能性はある。

 一方でリスクもある。スポーツのプロチームでも、ただ代表選手が多く集まっているだけでは勝てない。プロ選手はメディアに「リーグ優勝する」としか言えない。その目標しか持つことが許されない。そこには「優勝する」という言葉だけが一人歩きして、それを実現するまでの過程が空白になる可能性も生じる。

 どんな練習が必要か、チームに足りないものは何で、改善できることは何か。目標に行き着くためのプロセスを段階的に置くことが大切だ。

 現時点から甲子園への出場権がかかる大会までにはタイムラインがある。甲子園に行くため、今から1カ月後、3カ月後、半年後の自分たちはどうなっていなければならないのか。「甲子園に行きます」に対するプロセスも言語化して「自分たちはこうなるんだ」と段階的に言う。そのプロセスが実行できているのか、折々に立ち返って検証するポイントにもなる。(吉田啓)

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