クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」対応で国と地方の役割分担に混乱が生じたことが法改正のきっかけとなった

想定の及ばないような災害などの非常時に国が地方自治体へ危機対応を指示できるようにする地方自治法改正案が今国会で成立する見通しだ。新型コロナウイルス禍で国と自治体の役割分担や責任の所在の曖昧さが浮き彫りになった。人々の生死に関わる不測の事態では国が最低限の指示をできる体制を整える。

18日の参院総務委員会での採決を経て、19日にも参院本会議で成立する見込みだ。

2000年施行の地方分権一括法により、国と自治体は上下・主従から対等・協力の関係になった。自治体が地域の実情にあった対策をとるのが原則で、国が指示を出せるのは感染症法や災害対策基本法といった個別の法律に規定がある場合に限っている。

今回の改正案は特例として「国民の生命等の保護のために特に必要な場合」には個別法の規定がなくても必要な「補充的な指示」を出せるとの包括的な規定を設ける内容だ。指示には法的拘束力を伴う。

改正のきっかけの一つは20年に新型コロナの集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」を巡る対応だ。

感染症法上は都道府県や保健所を中心とした自治体が感染者対応に当たるのが原則だ。国内流行の初期に一気に700人超の感染者が出る非常事態に対処するには都道府県を越えた対応が必要だった。

地元の横浜市や神奈川県だけでは患者を収容しきれず、東北から関西まで多数の都府県に広域搬送した。外国籍の患者が多かったため、各国と連絡をとる必要も出た。

医療機関や自治体に患者の受け入れを依頼するといった業務は単独の自治体では難しく初動が遅れた。最終的には国が調整に乗り出したものの、その法的根拠は曖昧だった。

コロナ禍では緊急事態宣言の発令や行動制限を巡っても混乱が生じた。新型インフルエンザ等対策特別措置法は国が宣言発令の可否などを判断し、都道府県知事が外出自粛や休業を要請する権限を持つ役割分担だった。

21年1月、当時の菅義偉首相が2度目の宣言発令に当初慎重だった。感染者数が増加していた首都圏の1都3県の知事らが国に宣言発出を要請し、自治体独自の「アラート」などを出す例もあった。チグハグな対応は暮らしやビジネスに混乱をもたらした。

病床の確保、保健所の目詰まり解消、自粛要請の徹底、迅速なワクチン接種など様々な対策を急ぎたい国の方針と、実務や財源に課題を抱える自治体の認識のズレがコロナ禍では目立った。

国による指示ができない状況で、国と自治体が相互に不信を募らせ、摩擦を生んだ面がある。

こうした反省を踏まえ、非常時の国の司令塔機能を強化する狙いが改正案にはある。

松本剛明総務相は13日の参院総務委で「今後も個別法において想定されていない事態は生じうるものであり、そうした場合に備える必要がある」と強調した。

不測の事態で法的根拠の乏しい対応を生まないように法の「隙間」を埋めておく、というのが政府の改正の狙いだ。

11日の参院総務委に参考人として出席した東大の牧原出教授は「将来、東日本大震災や新型コロナの経験では済まない苛烈な状況が起こることは十分想定すべきだ。対処するための手だては必要ではないか」と述べた。現時点では想定できない災害や感染症の流行などが指示権行使の対象となる。

地方分権によって権限を強めた自治体の首長からは、慎重な運用を求める声があがる。

千葉県の熊谷俊人知事は5日の記者会見で「地方の自主性、自律性を尊重した運用にすべきだ」と訴えた。法改正の必要性を認めつつも運用によっては国と地方の対等な関係が損なわれる恐れがあると懸念する。

広島県の湯崎英彦知事は5月21日の会見で「一般的な地方自治の原則から考えると真逆」と語った。「極めて例外的に行使する必要がある」と求めた。各地の地方議会からも慎重な審議を求める意見書などが採択された。

国会審議でも野党を中心に批判が出た。

立憲民主党の吉川元氏は5月30日の衆院本会議で、指示権行使の条件に具体性がないことを問題視した。法改正の必要性の説明が不十分だとして「これが許されるならどのような法律でもつくることが可能になる」と主張した。

政府も現時点でどのような場合に指示権を発動するか、という具体的な想定があるわけではないと認めている。もし想定する事態が新たに生じれば、まず個別法の改正を検討するのが本来の形になる。

首長や野党の意見を踏まえ、自民、公明両党と日本維新の会が協議し、改正案に国会への事後報告を義務付ける修正が加わった。恣意的な指示権の乱用をチェックする狙いだ。

指示権の行使は「必要最小限」とし、事前に自治体と協議することも付帯決議に盛り込んだ。

神戸大の砂原庸介教授は「指示権の規定をつくれば必ず地方分権の精神に逆行するわけではないはずだ」と話す。一方で「個別法で対応するのが原則だ。(法改正によって)補充的な指示ができるからといってそれに頼るのではなく、法改正を含め平時から必要な準備をすべきだ」と指摘する。

米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設工事を巡る国の「代執行」のように、国と自治体で立場が異なる事例は少なくない。普段から意思疎通や連携をはかることで、想定外の事態でも国が指示権を発動せずに対処できるようにする努力も欠かせない。

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