モバイルファーマシーの前で、被災者(左)に薬の説明をする薬剤師=石川県珠洲市で(林秀樹さん提供)

 能登半島地震では多くの高齢者が被災し、持病のある人々に薬が届かないという事態が起きた。糖尿病や高血圧といった慢性疾患は、服薬が止まることで急激に悪化し、災害関連死につながるリスクもある。今回の被災地ではいち早く「臨時調剤所」が立ち上がり、「移動薬局車」が派遣されるなど、新たな支援の形も浮かび上がった。(長田真由美、植木創太)

◆珠洲に臨時調剤所

 1月4日、石川県珠洲市の市健康増進センターに設けられた災害医療の拠点。日本災害医療薬剤師学会長で、兵庫医科大特任助教の渡辺暁洋さん(49)は到着してすぐ、民間の災害支援組織「空飛ぶ捜索医療団ARROWS」の一員として、医薬品の確保と集積に取り掛かった。  災害派遣医療チーム(DMAT)や日赤の救護班も活動を始めていたが、調剤を担える薬剤師が不足。すぐに県薬剤師会に派遣を要請し、拠点内に「臨時調剤所」を立ち上げた。6日ごろには、避難所を巡回する医療チームが持ち帰った処方箋で調剤し、翌日に避難所まで届ける仕組みができあがったという。  今回は、高齢者の多い過疎地が被災。渡辺さんによると、もともと薬局が少なく、院内処方が中心の地域のため、薬の備蓄にも限りがあった。交通網の被害も大きく、被災者に薬を届けるまで時間がかかることが少なくなかったという。  そんな中で存在感を示したのが、処方箋にも対応して薬の調剤ができる移動薬局車「モバイルファーマシー(MP)」。全国の薬剤師会や大学に約20台あり、錠剤や粉薬を1回分ずつまとめる分包機や、調剤用の電子てんびんなどを備える。キャンピングカーを改造しているので、車内で寝泊まりもできる。  日本薬剤師会の要請を受け、岐阜薬科大(岐阜市)のMPは7日昼、珠洲市に到着。14日まで滞在し、医療チームに同行して避難所を回るなどした。

◆持病の薬にニーズ

 派遣された薬剤師の一人、同大教授の林秀樹さん(51)は「思った以上に慢性疾患の薬が必要だった」と話す。車内には約70品目の薬を置いていたが、解熱剤や鎮痛剤など急性期の薬が中心。糖尿病の薬は1種類しかなく、高血圧や不整脈に対する薬も少なかった。  今回用意した風邪薬の中には、前立腺肥大症の薬と併用すると副作用を起こすものも。高齢男性には「他にどんな薬を飲んでますか?」と聞くように心がけたという。MPはその後、三重や静岡、広島県などからも出動して活動した。林さんは「粉薬の調剤や嚥下(えんげ)障害の人に向けた錠剤の粉砕など、MPならではの活動ができた」と話した。  被災者に素早く薬を届ける取り組みは進んできたが、渡辺さんは「自分の身を守るためにも、平時からの備えが重要」と訴える。

◇常用薬や記録 備えを

 <1>病気の治療中なら、かかりつけ医や薬剤師に災害時の備えを相談しておく。  <2>常用薬は最低5日分、できれば1週間分を用意し、すぐ持ち出せる所に置く。  <3>薬を持って逃げられないこともある。避難先で医療者に伝えられるように薬の種類や服用量、治療がどの段階かを把握しておく。メモして携行していると安心。  がんや希少疾患などの薬は処方が難しい場合もあり、対応できる医療機関まで救急搬送することもある。「薬は命をつなぐもの。被災者は、積極的に医療者を頼ってほしい」


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