看護師(右)が点滴を準備する様子を見学する製薬会社の社員=静岡がんセンターで(同センター提供)
製薬会社の研究者らに、がんの医療現場を体験してもらうプログラムを、静岡県立静岡がんセンター(長泉町)が始めた。抗がん剤を投与された患者の様子を直接見て、より副作用が少なく効果的な医薬品開発に生かしてもらう狙い。社員が自社の医薬品の売り込みなどで医師らを訪問することは多いが、診察に立ち会って患者や医療者の声を聞くのは全国でも異例の取り組みだ。 (五十住和樹) 「食事を取れない患者さんも多く、経口薬の服用が難しいという現場のリアルを知った」。医薬品の安全を担当する20代女性社員は消化器病棟を訪問し、こう話した。内服する抗がん剤はカプセルや錠剤が多い。創薬を研究する30代男性社員は「カプセルの中の薬を取り出したり錠剤を砕けないと、その薬による治療をあきらめざるを得ない実態に衝撃を受けた。創薬では使いやすい形という視点が必要と思った」。 プログラムに参加したのは中外製薬(東京)の社員5人。1~2月の5日間、外来や入院病棟に加え、手術室、薬剤部、緩和ケア病棟や患者家族支援センターなども回った。 同病院は製薬会社と共同研究を行う中で、患者の多様なニーズを製薬会社に直接伝え、創薬に生かしてもらう取り組みを発案。中外製薬も「患者や家族に医薬品の情報を分かりやすく発信するためには、医療現場を体験した方がいい」などとして、プログラムに応募した。 現場では副作用に対する指摘も出た。薬による有害な影響の重症度は5段階で表記されるが、同病院の化学療法センターを訪ねた20代女性社員は「軽症(グレード1)や中等症(同2)でも処置に苦慮すると聞いた。実際の現場を想定した医薬品開発を強く要請された」と言う。中等症も幅が広く、何日も続けば苦しみは大きい。病院側は「グレード2なら我慢できると思わないで。数字だけでは現実は分からない」と伝えた。 薬の影響が軽くても、手足のしびれで職を失った人や、脱毛の副作用を嫌って別の薬の処方を望む人もいる。「臨床試験の段階と現場では副作用の許容度が異なる。この点をイメージして開発してほしいという意見は本当に貴重だった」と30代男性社員。看護師から「注射のため太ももをあらわにすることに抵抗があるといった理由で治療をためらうケースもある」と聞いた40代女性社員は「患者や看護師目線の声も新薬開発に盛り込めたら」と話した。 別の20代女性社員は「患者はそれぞれの生活の中で治療を受けている。重篤な副作用が出なかった、というのではなく、患者がこれまでと変わらない生活を送れているかという視点で仕事をしたい」と感想を述べた。 病院にとっては、治験で協力する製薬会社とのパイプを太くするメリットもあるというが、癒着を疑われないようプログラムは無償で行い、透明性を高めた。 担当の安井博史副院長(55)によると、患者からは「病気や副作用のつらさや、どんな思いで治療に臨んでいるかを聞いてほしい」「将来の患者に役立つ薬の開発を」などの声が出た。「こうした声を聞き、患者の考え方や価値観は一人一人違うと分かってほしい」と安井さん。 全国がん患者団体連合会の天野慎介理事長(50)は「患者や家族のニーズが製薬企業に伝わっていないと感じている。プログラムの透明性を確保しながら、医療現場の声を聞いて、よりよい開発につなげてほしい」と話した。
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