「腕を前から上にあげて 大きく背伸びの運動から」―。ピアノの旋律とあのフレーズが、朝の町に響くラジオ体操会のシーズンがやってきた。ラジオ体操はNHKラジオが毎朝放送するが、生みの親が別の会社だという事実はあまり知られていない。その会社を訪ね、起源を探った。

社員にラジオ体操の指導をする五日市祐子さん(左)=東京都千代田区で(布藤哲矢撮影)

◆ルーツは100年前の「国民保健体操」

 大手町の高層タワー・大手町プレイスの一角に、スーツや仕事着でラジオ体操をする男女の集団がいた。「足は肩幅くらいに開いて、胸の横が伸びていることを意識して」。ジャージー姿の女性が、動き方の注意点を元気よく解説している。  「社員へのワンポイントレッスンです」と語り始めたのは、タワーにオフィスを置くかんぽ生命サステナビリティ推進部のラジオ体操推進担当・五日市祐子さん(36)。NHKの体操番組に出演していた経験もあり、「ラジオ体操の生みの親はかんぽ生命。著作権もあります」と話す。

1930~38年ごろのラジオ体操会の様子(かんぽ生命提供)

 NPO法人全国ラジオ体操連盟(千代田区)によると、ラジオ体操の起源は、かんぽ生命の前身となる逓信省簡易保険局が1928(昭和3)年に制定した「国民保健体操」だ。米国の生命保険会社が行っていたラジオ放送による健康体操などを参考に、国民の健康増進を目的につくった。当時の社団法人日本放送協会がラジオ放送で協力したため、「ラジオ体操」と呼ばれるようになった。

◆「子どもに早起き」巡査が企画

 普及したきっかけは、神田万世橋署の巡査の機転だった。30年の夏休み。子どもたちに健康増進と早起きを促すにはどうしたらいいか―。町内会の協力を得て、署の近くの空き地で「早起きラジオ体操会」を企画。初日の7月21日、早朝から約130人の子どもたちが集まり、元気に体操に取り組んだという。  当時の空き地近くにある佐久間公園(千代田区神田佐久間町)には「ラジオ体操会発祥の地」の石碑が残る。「全国各地にラジオ体操会の誕生をみるにいたった」と刻まれ、この地から広がったことを今に伝えている。

佐久間公園内にあるラジオ体操会発祥の地の石碑=東京都千代田区で(木戸佑撮影)

◆「ラジオ体操第一」は3代目

 現在、多くの人に知られる「ラジオ体操第一」は51年に制定された3代目だ。連盟によると、初代は指導者の号令で動く形式的な動きが多かったが、3代目は腕を振る動作を多く取り入れるなどの工夫で全体にリズムを生み出し、音楽に合わせて自然と体が動く体操へと進化した。2028年には初代ラジオ体操の制定から100周年を迎える。  かんぽ生命のラジオ体操推進担当は、小学生対象のコンクールの運営などを行っている。五日市さんは「かんぽ生命がラジオ体操の生みの親で、普及に力を入れていることを知ってほしい」と願う。   ◇

◆五日市さんは元「ラジオ体操のお姉さん」

 かんぽ生命で推進担当をしている五日市祐子さんは、NHKの番組で手本として出演する「ラジオ体操のお姉さん」をしていた経歴がある。ラジオ体操との関わりやコツを聞いた。  —最初にラジオ体操に触れたのはいつですか。  私も皆さんと同じで、小学生の時が最初かなと思います。運動会の準備運動や夏休みで、その時からみんなで集まってやるものという印象がありました。行くとスタンプがもらえるのがうれしかったです。次に覚えているのは体育大学の授業ですね。授業でやるくらいだから、すごく大事なものなんだなと思いました。

1928年に制定された国民保健体操のポスター(かんぽ生命提供)

 —なぜラジオ体操を仕事に?  NHKで実技のアシスタントをしていた大学の先輩がいた影響があります。NHKの番組に出ている人は体育大出身で、ほとんどの人が新体操出身とも知っていました。私も新体操を頑張っていたのですが、競技の寿命が短いんですね。20歳でもう限界みたいな。もともと体を動かすのは好きでも、足は速くなくて泳ぎも苦手で。ラジオ体操は、体を動かすのは好きでも、人と競うのが苦手といった何らかの理由で運動から離れてしまった人に響くと思いました。体を動かしたいと思っている人に魅力を伝えようと、オーディションに挑戦しました。

◆海外で驚かれた「いつでもどこでも誰でも」

 —当時からラジオ体操の起源はかんぽ生命だと知っていましたか?  NHKの番組に出演するために研修があるんですけれど、その時に歴史を勉強します。巡回ラジオ体操やコンクールなどでも、かんぽ生命がたくさん出てくるので知る機会は多かったです。NHK時代には47都道府県すべて行きましたし、ロンドンに行く機会もありました。「いつでもどこでも誰でも」というのがラジオ体操のテーマですが、海外の方も喜んでやってくれて。「一緒にやりましょう」と声をかけると、誰でもできてしまうことを確信して素晴らしさに気付きました。海外ではスポーツは道具が必要で、ジムなど特定の場所に行くものという感覚が強かったみたいで、どこでもできることや日本人のみんなができることに驚いていましたね。

社員にラジオ体操の指導をする五日市祐子さん(左から2人目)=東京都千代田区で(布藤哲矢撮影)

 —かんぽ生命に転職したのはなぜですか。  現役を引退する時に体操教室やラジオ体操の指導者など選択肢はいろいろとあったのですが、いろいろなイベントでかんぽ生命と協力していたので、入社してラジオ体操を違った立場から支えていきたいと思ったからです。かんぽ生命で働いていたNHK時代の先輩と入れ替わるというタイミングでもありました。

◆楽曲の著作権管理や学校に配る出席カード作成も

 —ラジオ体操の普及を推進するというのは普通の企業にはない仕事だと思いますが、具体的に何をしているんですか。  担当は本社に7人いて、全国小学校ラジオ体操コンクールや1000万人ラジオ体操といったイベントの企画・運営をしています。楽曲の著作権も管理しているほか、小学校に配る出席カードを作ったり、解説冊子を作ったりと実はデスクワーク中心です。若年層への浸透のために動画投稿サイトや交流サイト(SNS)での発信もしています。かなり労力を割いているので、かんぽ生命が普及に力を入れていると知ってほしいです。

ラジオ体操の出席カードや解説冊子=千代田区で

 —かんぽ生命が起源だと広く知られていない理由は何だと思いますか?  ラジオ体操の歴史を話すと、1928年に始めた時、広く国民に知ってもらうにはどうすればいいのかと、かんぽ生命前身の逓信省が考えて、当初から日本放送協会(NHK)に協力してもらいました。全国の郵便局員も協力して広まっていきましたが、やっぱりラジオやテレビでの放送のイメージが強く、ラジオ体操といえばNHKという印象になっている。ラジオ体操は誰のものとかではなく、広く知ってもらうことが重要です。「NHKじゃなくてかんぽ生命が生みの親だ」と強く言いたいわけではないですが、かんぽ生命が普及に携わっていることを知っている人が24%弱なので、もう少し頑張っていることを知ってもらえるといいなとは思います。

ラジオ体操の会のポスター(かんぽ生命提供)

◆実は間違い?体操のコツとは…

 —ラジオ体操の動き方で勘違いされがちなものやコツはありますか。  まずは最初の動きです。深呼吸だと思われがちなんですが、全然違って伸びの運動なんです。体操の始めにニュートラルな姿勢を作らないと、その後の体操の効果が半減するから最初にこの動きがあります。腕を前から上に上げる時に、足は地面を押すように意識し、上げた腕と地面を押す足で引っ張られてグッと背筋を伸ばすことを意識してください。背中にジワーっと血がめぐる感じが分かったら正しくできています。2回しかやらない動きですけど、実は一番大切なんです。  間違われやすいのは2つ目の動きもですね。腕と足の運動ですが、最初にかかとを地面に付けたまま交差している腕が下に下がってしまっている姿勢で始める人がいます。正しくは、かかとを引き上げて腕は地面に水平にクロスします。そのまま腕を横に振って足を曲げ伸ばしますが、ここでもかかとを地面につけたままだったり、ひじが下がってしまったりしている人も多く見ます。  —最初からこんなに間違いが多いとは。正しく体操したら、とんでもない運動になりますね。  ラジオ体操は全身運動です。前身に筋肉は600個あると言われていますが、ラジオ体操で400個くらい動きます。上下の動き、左右対称の動き、表と裏、ストレッチも組み合わさって、たった3分で終わります。毎日やることで自分の体調の変化もわかりますし、運動している人も運動前に取り入れると効果が上がるのでおすすめです。 文・山田晃史/写真・布藤哲矢、木戸佑  ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へメールでお願いします。 

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