中部国際医療センターの陽子線治療装置=岐阜県美濃加茂市で

 がん細胞に照射して死滅させる放射線治療の一つ「陽子線治療」。他の臓器への影響が少なく、治療効果も高いとして注目されている。近年、公的保険の対象となるがんの種類が増え、今年6月からは早期の肺がんが加わった。患者の負担を減らすための技術も進歩しており、治療が広がると期待がかかる。 (熊崎未奈)  陽子線は放射線の一種。従来使われてきたエックス線は、がんを突き抜けて後ろ側の正常な臓器にも当たる。一方、陽子線は設定した深さに到達した時に最大のエネルギーを放出して消えるという性質があり、ピンポイントで照射でき、周囲の臓器への影響を抑えられる。最大約25センチまでの大きさの腫瘍に対応できる。

◆大きさなど条件も

 2016年に小児がんの一部が初めて保険適用となり、18年には前立腺がんなど、22年には肝細胞がんの一部などが追加された。  今年6月からは早期の肺がんで認められるようになった。対象は最大径5センチまでのがんで、手術での切除が困難な場合。「肺がんは高齢の患者が増え、手術が難しいケースも増えている。保険適用のインパクトは大きい」と、中部国際医療センター(岐阜県美濃加茂市)肺がん治療センター長の樋田豊明さんは話す。  治療は準備も含めて1回約30分。2週間~1カ月の間に計10~20回ほど、通院で受ける。照射した部分の再発率は5%以下。取り切れない場合もあり、手術による切除などで対応する。5年生存率は70~80%で、手術と遜色ないという。  エックス線では肺の中の正常細胞も傷ついてしまうため、治療後に7~15%の人に入院が必要なレベルの肺炎がみられるが、陽子線では、1%ほどに抑えられたという研究成果もある。

◆費用軽減で患者増

 保険適用の拡大で、陽子線治療を受ける患者数は年々増えている。名古屋市立大付属西部医療センター名古屋陽子線治療センター長の荻野浩幸さんは「費用面のハードルが下がったことは理由の一つ」と話す。  陽子線治療の費用は先進医療では約300万円で、全額自己負担となる。一方、保険適用のがんで3割負担の場合、自己負担額は約72万円(前立腺がんは48万円)。同センターでは前立腺がんの患者数は保険適用後に3倍に増えた。

◆技術進歩 負担軽く

 治療技術も進んでいる。例えば、同センターでは、金でできた5ミリほどのマーカー(目印)を腫瘍の近くに注射などで入れる。目印により、呼吸などで臓器が動いても正確に陽子線を当てられるという。正常な細胞に当たるリスクが減る分、1回の線量を高くでき、治療の回数を少なくできる。  ほかにも前立腺がんでは、前立腺と接する直腸への影響を防ぐため、間にゲル状の素材を入れて距離を空ける方法も登場した。荻野さんは「患者さんにとってより安全で負担が少なくなるよう、さまざまな工夫を重ねてきた」と説明する。  現在、陽子線治療は全国の20施設で実施。全症例のデータを蓄積し、進行した肺がんや食道がんでの保険適用も目指している。  一方、施設建設や運用のコストが高いという側面も。また、全身に広がったがんや、動きやすく壁が薄い胃、大腸がんは治療に適さない。荻野さんは「症状や部位により、エックス線や他の治療法との使い分けが必要になってくる」と話す。


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