世界有数の高齢社会となった日本。高齢者医療のニーズは高まる一方だが、医学部を持つ大学で高齢者特有の疾患や機能障害を専門とする老年医学の教室(講座、診療科)を設けているところは少ないという。その背景を調べた。 (大森雅弥)  老年医学は認知症やフレイル(虚弱)など老化に伴う疾患や機能障害を専門的に診療する。また、高齢者の生活上の障害を総合的に評価して問題を見つけ、多職種連携で解決を目指す。「病ではなく人を診る」のが特徴といわれる。  全国の医学部で老年内科など老年医学の教室があるのは、2002年の調査で23大学。その後、藤田医科、川崎医科など私立大で新設が続いたが、京都、神戸など国立大を中心に廃止、統合が相次ぎ、現在は20大学を切ったともいわれる。医学部を有する大学は82なので、4分の1以下だ。欧米では米国は減少傾向とされるが、多くの大学に教室があるという。  なぜ高齢化が進む中、老年医学の教室が増えないのか。背景には医療の専門化が進み、臓器別、疾患別診療の傾向が強まったことがあるという。高齢化に伴って各診療科も高齢の患者への対応に力を入れた結果、逆に老年医学の存在感が薄まりがちに。臓器や疾患の名が付いた分かりやすい診療科が経営的にも歓迎されて新設される中、教室の数を増やしにくい国立大を中心に、老年内科が代わりに廃止の対象になったようだ。  一方で、国公立より経営にシビアと思われる私立で教室の新設が相次いだ。16年に開設した藤田医科大(愛知県豊明市)認知症・高齢診療科研究室。教授の武地一さん(63)は「認知症や地域包括ケアなどの社会的ニーズを踏まえ、中長期的な経営戦略の中で設置が決まった」と話す。  20年には川崎医科大(岡山県倉敷市)で総合老年医学教室が発足。教授の杉本研さん(53)は「学内の反応は当初『老年医学なんてほんまに要るの?』だった」と明かすが、高齢者の細かい訴えに対応し、病後の暮らしを見据えた治療を続けることで今はそういう声はなくなったという。  日本老年医学会教育委員長で名古屋大(名古屋市)地域在宅医療学・老年科学教室教授の梅垣宏行さん(58)は「老年医学は何をやっているか分からないと言われがち。標準的治療が該当しない高齢患者を臓器横断的、包括的に診て、その人の生き方まで考慮して治療するのが老年医学。今後ますます必要性が増すはずだ」と指摘する。

◆名古屋大学病院 認知症ケア、薬の管理

患者の話を聞いた後、情報を整理して協議する名古屋大病院の認知症ケアサポートチーム。老年内科のスタッフが中心だ=名古屋市昭和区の同病院で

 老年医学の実際の医療現場を取材した。名古屋大の老年内科は、外来や病棟で認知症の患者などの治療に当たるほか、同科が中心になって院内の認知症ケアをサポートしている。ほかの診療科の要請を受け、毎週水曜日に患者を回診し、治療やケアのアドバイスをする。要件を満たせば認知症ケアの診療報酬が付く。  先月下旬、医師、看護師、理学療法士など多職種のチームが複数の患者を回診。外科系病棟では、手術を控えた80代の男性に話を聞いた上、病棟のスタッフに薬以外の方法でせん妄を予防して不要な薬剤投与を控えるよう指示した。  老年内科を率いる教授の梅垣さんは「複数の病を抱える人が多い。臓器別の診療科がそれぞれ診ると足し算の治療になって薬が増えすぎるなど、かえって患者の不利益になることがある。私たちはそこをあんばいし、時に引き算の治療をする」と話す。


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