関門海峡や響灘など海に囲まれた福岡県北九州市は、さまざまな種類の新鮮な魚介類に恵まれています。

そんな北九州市の閑静な住宅街になかなか予約が取れない一軒の鮨店があります。

ミシュラン二つ星の江戸前鮨

「江戸前鮨二鶴」の大将、舩橋節男さん。地元で獲れた魚介を使い、江戸前鮨伝統の技で握るすしは、繊細な味で評判となり、2014年と19年にはミシュラン二つ星に輝いています。

江戸前鮨 二鶴 舩橋節男さん
「今から酢飯を作ります」

小野口奈々リポーター
「いつもお客様の前で酢飯を作られるんですか?」

舩橋さん
「予約の時間に合わせてだいたい炊き上げるようにしています。酢飯も鮮度が命なので」

酢飯に使うのは「赤酢」

ゲストの到着に合わせて炊きあげられたご飯に混ぜるのは赤酢。一般的な米酢とは違い、酒かすから作られています。

舩橋さん
「伝統的な江戸前鮨っていうのは『赤酢』を使うんですけど、やっぱりこの赤酢がポイントになりますね」

東京都立図書館 江戸東京デジタルミュージアム より

もともと保存食として生まれたと言われるおすし。
時を経て、今から200年ほど前の江戸時代末期、江戸前(東京湾)で獲れた新鮮な魚と、赤酢で作った酢飯を合わせた「握り鮨」が庶民の間で大流行、江戸の郷土料理となったということです。

江戸前鮨の特徴のひとつが「塩梅」

江戸前鮨 二鶴 舩橋節男さん
「江戸前鮨の特徴としてひとつですね、『塩梅(あんばい)』っていうのがあります。『塩梅がいいね』の塩梅なんですけど、あれって実は『塩』と『梅』って書いて『塩加減』と『酢加減』がちょうどいいのを『塩梅』って言います。ちょうど塩っぱくもない酸っぱくもない、ちょうどいい時に料理が甘くなるっている」

舩橋さんは、祖父の代から続くすし店の3代目です。

老舗鮨店でカルチャーショック

20歳から東京の老舗鮨店で修業した時には大きなカルチャーショックを受けたといいます。

江戸前鮨 二鶴 舩橋節男さん
「親方がとにかくせっかちだったんですよ」

小野口奈々リポーター「江戸っ子らしい」

舩橋さん
「『もう~なんでこんなにせっかちなんだよ』みたいな。こっちは九州の田舎者だからですね。築地に行ったら築地に行ったで、みんなせっかちだったんです。『てめぇこの野郎!、なにボーっと立ってんだよ!』つって。『え~なんだ、この人たち』って思ったけど。やっぱりそれが江戸前なんだよっていうことでですね」

江戸っ子の「せっかちさ」には理由が

江戸の昔から変わらぬせっかちさ、実はそれにも理由があったのです。

舩橋さん
「鮮度を大事にしていました、当時の江戸っ子は。氷のない時代に誕生した技術なので、その日にとれたものを、その日のうちに握るっていうんで。昔ながらの技術を守りたい。釣った時には、やっぱりそのいい漁場の近く、鮮度のいい魚が手に入るってことで北九州にまた戻ってきて、ってことでやっています」

「寿し」から「鮨」に

舩橋さんが継ぐ前のお店の名前は、小さい頃の写真にもあるように「寿」の漢字を使った「二鶴寿し」。
今の店名「江戸前鮨二鶴」には一般的な「寿司」や「寿し」ではなく、江戸前鮨を表すという「鮨」の文字を使い、その伝統を受け継ぐ思いが込められているのです。

「二鶴」があるのは、福岡県北部に位置する北九州市。日本海側には響灘、瀬戸内海側の周防灘、そして関門海峡と三方を海に囲まれています。

屈指の漁場の魚介で最高の江戸前鮨を

暖かい対馬暖流と日本海からの寒流がぶつかり、魚たちが集まる大陸棚が広がる日本屈指の漁場です。

水揚げされたばかりの新鮮な魚が並ぶ北九州の台所旦過市場に、毎朝自ら仕入れに向かいます。

江戸前鮨 二鶴 舩橋節男さん「これは対馬?」

鮮魚店の主人「はい」

舩橋さん
「対馬のアナゴですね。こうやってギリギリまで活かしこんで、本当に身の生きてるうちに煮アナゴにする。そうすると仕上がりが全然違うんです」

魚の仕入れは「オーディション」

舩橋さん
「魚の仕入れっていうのは、ちょっとなんかオーディションみたいなところがあってですね。その日とれたものを、一回、市場に全部集めて、そこで一次審査してこれが競りに当たります。そして魚屋さんとか卸が、選別しててそこで2次審査。ここが今、ちょうど最終審査みたいな所です。これは魚屋さんの仕事なんです。今度私たちはウチに持って帰って、すし屋の処理をします。これができるだけ鮮度のいいうちにするってことが大事です」

海水の塩で仕上げたアナゴ

獲れたてをさばいてすぐに煮たアナゴ。タレではなく、海水から炊いた塩で仕上げた一品です。

小野口奈々リポーター
「いただきます。おいしい!アナゴそのものの素材の味を楽しめますね。お塩もすごいまろやかでふわっとアナゴをコーティングするというか」

舩橋さん「同じ日本海の海の味がすると思います」

「いい塩梅」のコハダ

こちらはコハダ。舩橋さんみずから丁寧に包丁を入れた上で、味の決め手となる塩をふります。

10分ほどおいて丁寧に塩を落とし、酢で洗った上で、本格的に赤酢で漬けこむという工程を通して「いい塩梅」を突き詰めていきます。

そして江戸前鮨の「本手返し」という手法で握ります。

舩橋さん「これは有明であがったコハダです」

小野口リポーター
「美しいですね。いただきます。フワフワ!なんか締めているからもっと(身が)キュッとしているイメージがあったんですけど、フワフワですごく柔らかくておいしい」

舩橋さん
「この時期的に、ちょっと脂も乗り始めたっていうのもありますし、鮮度がいいっていうのが大事、大きいと思います」

二鶴では、「その日一番」と太鼓判を押せるネタを、最高の状態で提供するためにおまかせのコースのみ。

この日は、江戸の昔は一番人気のネタだったというカツオに、舩橋がほれ込んだ北九州沖の藍島産の肉厚でうま味が強い赤ウニなどを堪能することができました。

江戸前鮨を北九州から世界へ

北九州市で伝統的な江戸前鮨を今に伝える二鶴の舩橋節男さんの新たなチャレンジの場となっているのがタイのバンコクです。

江戸前鮨 二鶴 舩橋節男さん
「昨年の7月にタイのバンコクのWホテルってところに、『二鶴バンコク』のをオープンしました」

福岡からタイの首都バンコクまでは飛行機でおよそ5時間半。「獲れたての魚を、すぐに仕込んで握る」というのが二鶴自慢の特徴。バンコクは遠すぎるのでは、という疑問がわきますが…。

北九州で仕込んだネタをバンコクへ

舩橋さん
「今は世界中がすしブームです。で、何が起こるかっていうと、地方で獲れた魚を都会の市場に集めて、そこから飛行機に載せて海外に送って、現地に着いてすしの仕事が始まるんですよね。そうなるとやっぱりドンドン鮮度が落ちて、これはやっぱり取り返すことができません」
「ウチがやっているのは、獲れたてのやつをすぐさま、すし屋の仕事をして、ここで鮮度とかうまみを一回閉じ込めます。そしてこの状態で現地に送ります」

海外のほかの寿司店とは違い、二鶴は北九州のお店で仕込みをして味と鮮度を閉じ込めた状態で空輸。現地でも北九州と変わらない味を提供しているのです。

加工したネタをタイに輸出するために必要な、厳しい食品衛生規格も取得しています。

舩橋さん
「普通は食品工場みたいな所じゃないととれないという厳しい基準がいっぱいあるんですが、すし屋なのにそれをとったんです」

小野口リポーター「それも第一号?」

舩橋さん「そうなんですよ」

たいへんな苦労をしてまで道を切り開いたのには理由がありました。

北九州を世界中のすし好きが訪れる街に

舩橋さん
「バンコクの二鶴で食べたおすしは、他の海外のすし屋よりもおいしい。なぜか?、『やっぱりこの九州の魚を使っているからなんだ。しかもきちっとした処理を施しているからおいしいんだ』って、そうなってくると、最終的に世界中の食いしん坊が『おいしいおすし食べたいなぁ~』と言ったら、『じゃぁ九州だよね』っていう」

世界各地のすし好きが北九州にやってくる日を夢見ながら、舩橋さんはきょうも江戸前の鮨を握ります。

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