東京都内で開催されたプロサッカー選手らとの交流会で記念撮影する子どもたち=2022年12月、ラブフットボール・ジャパン提供

 スポーツからこぼれ落ちる人々がいます。貧困、国籍、障害、セクシュアリティーなどさまざまな理由で片隅に追いやられる現実について、随時掲載している「スポーツ界の片隅で」。初回は母子家庭で困窮するなか、母がサポートしサッカーを続けさせた15歳の高校生に迫りました。(4月13日掲載した記事を再掲載します)

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 「きつかったけど、楽しかった。おなかがすいた」

 4月から京都市内の高校に通う大山蒼太さん(15)=仮名。サッカー部の初練習を終えて自宅に戻ると、充実感に満ちた声が返ってきた。母玲子さん(51)=仮名=の作ったおにぎりを食べた後、ほっとしたように寝息を立てて眠っていた。

 プロになるのが夢だという蒼太さんは小学1年の時、テレビで日本代表の試合を見てサッカーを始めた。だが、サッカーに夢中になるにつれて葛藤が強くなった。小学生の頃は地元のスポーツ少年団に所属。県外遠征が多く、そのたびに母が同行しなければならなかった。中学生になってレベルの高いクラブチームに入ると、時間だけでなく金銭的な負担も増えた。

 「僕がサッカーを楽しめば、お母さんに負担をかけて苦しめる。申し訳ない気持ちが強かった」

 玲子さんと三つ年上の姉との3人暮らし。玲子さんは在宅でデザイン関係の業務を引き受け、受付の仕事もこなす。新聞配達や定食屋のアルバイトも加わり、多い時には四つの仕事を掛け持ちしたこともあった。

 昨夏以降、蒼太さんは進路を巡り、母と何度もぶつかった。第1志望は練習に数回参加した私立校。通うたびにチームの雰囲気や監督の言う「考えるサッカー」が気に入ったが、費用を考えて進学をためらった。姉の大学受験も重なり、家計が逼迫(ひっぱく)しているのは明らかだったからだ。

大山蒼太さん(仮名)が中学入学時に購入してもらったスパイク。靴底がはがれるまで履き続けた=家族提供

 玲子さんは当時の蒼太さんの様子をこう振り返る。

 「第1志望の私学にはスポーツ推薦で誘われたが、学費免除の制度がなかった。それを知って、あの子は『行かない』と言い出した。学校には1カ月待ってもらって……。最後の最後まで『僕は公立に行く』と、かたくなだったが、資金準備のプランを示してようやく納得してくれた」

人気漫画の主人公の姿とダブらせて

 蒼太さんは自らの境遇を、人気漫画「アオアシ」(小林有吾、小学館)の主人公、青井葦人(あしと)にダブらせた。母子家庭で育ち、ポジションも同じサイドバック。母親思いで、周囲にからかわれても、ぼろぼろになったスパイクを大切に使うところも似ていた。中学2年の時、友達に漫画を借りて読んだ。主人公の姿を思い返しては自らを奮い立たせた。

 「手を抜かず、必死に練習に取り組む姿を見ていると『まだまだできる』と思える。葦人のように、もっとへとへとになるまで自分を追い込める、と」

 この頃、蒼太さんを変えた、もう一つの出会いがあった。プロ選手の協力を得て、子どもたちとの交流に取り組む認定NPO法人「love.fútbol Japan(ラブフットボール・ジャパン)」(神奈川県逗子市)の支援活動だ。

 「ちょっと抑えすぎちゃうか。もっと自分から仕掛けてええんちゃう」

 2022年12月、東京都内であった交流会に参加した蒼太さんは一人の選手から声を掛けられた。元日本代表で、Jリーグ・川崎フロンターレの家長昭博選手(37)だ。

 蒼太さんは「あのひと言で、自分に自信が持てるようになった。それまではシュートチャンスで味方にパスを出すこともあった。サッカーの見方が変わった」と感謝する。

 サッカーをすることで変わる子どもがいる。保育関係の仕事をしながら3人の子どもを育てるシングルマザーの中野舞さん(34)=仮名=の長男もそうだ。

 ラブフットボール・ジャパンの支援を受けるようになった3年前、当時小学5年の長男が1型糖尿病と診断された。体内のインスリンが不足する病気だ。落ち込んだ長男の支えとなったのがサッカーだった。

 「息子は毎月の選手との交流を励みに、サッカーを続けようと治療を頑張れた。中学生になって試合時間は60分に延びたが、最後まで走り続ける姿を見ているだけですごいと思える」

 団体の過去のアンケートでは、支援世帯の8割以上が「サッカーに対する支援活動は、食料や教育など生活インフラの支援と同じくらい必要」と回答した。

 だが、現実はその逆だ。中野さんの長男も小学校に入学してサッカー部に入ったが、一時は金銭的にも時間的にも苦しくてやめさせざるを得なかった。「公園で一人で遊んでいる姿を見ると心苦しかった。再びサッカーを始めさせようというときに支援活動を知った」

 東京都立大の阿部彩教授(貧困・格差論)は、日本の人々が何を生活の必需品と考えるか、調査を続けている。22年度に20歳以上の2000人を対象に実施した調査では、サッカーボールやグラブなどを必需品としたのは33・8%だった。子どもの貧困が指摘され始めた08年の数字(12・4%)と比べれば認識は大きく変わったと言えるが、それでも半数を超える人々が「経済的な理由などで持てなくても、致し方がない」と回答した。

 阿部教授は「欧州連合(EU)では、子どもの貧困を測る指標の一つに『レジャー活動』という項目がある。つまり、欧州ではサッカーボールなどは生活必需品である、との社会的な合意がある」と指摘する。

子どもたちと交流するJリーグ・川崎フロンターレの家長昭博選手=2022年12月、ラブフットボール・ジャパン提供

 公立中学の部活動を民間団体などに移す「地域移行」の取り組みが各地で進むが、金銭的な不安の声が上がる。中野さんも「クラブチームのように会費を支払うのであれば、子どもたちに部活を続けさせるのは難しい」と懸念を示す。

 果たして、スポーツをしたいと思うのはぜいたくなのか。中野さんはこうつぶやいた。

 「スポーツがぜいたくと言われたら何も言えない。ただ、せめて子どもには温かい社会であってほしい」【田原和宏】

スポーツと子どもの貧困

 東京都立大の子ども・若者貧困研究センターは2023年1~2月、豊島区、墨田区などの小学5年、中学2年、高校2年の児童生徒や保護者ら約1万組の親子を対象に、子どもの生活実態を調査した(約3000組が回答)。その結果、スポーツや運動の機会において大きな格差が見られた。

 野球のグラブやサッカーボールなどスポーツ用品の所有を問う設問で「ない(ほしい)」と回答したのは、「困窮層」では小学5年で9・4%、中学2年で15%だったが、「一般層」ではいずれも2%未満だった。誰でも参加できるはずの部活動も、差が浮き彫りになった。「一般層」では参加しない割合は中学2年で11・8%、高校2年で27・7%だったのに対し、「困窮層」ではそれぞれ27・3%、49・7%と高かった。

 同センターでは、生活困難度に応じて、子どもの状況を「困窮層」「周辺層」「一般層」の3段階に区分。「困窮層」は全体の約5%、「一般層」は約80%を占めるとしている。

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