<その先へ 憲法とともに⑤>
 4月末に開かれた日本最大級の格闘ゲーム大会「EVO Japan」。熱気がこもる東京・有明の会場の一角に、一風変わったブースが設けられていた。  アイマスクとヘッドホンを着けたプレーヤー同士が、人気格闘ゲーム「ストリートファイター6」で対戦中だった。

◆音を頼りに格闘ゲームで対戦

 「『ピッピッピ』っていう音の感覚が短くなっているのが分かりますか?」  コントローラーを握る江頭実里(みさと)さん(24)=東京都=が対戦相手に語りかける。江頭さんは全盲のeスポーツ選手。音を頼りにゲーム操作をしている。

全盲のeスポーツ選手の江頭実里さん=4月27日、東京都江東区で

 eスポーツは、コンピューターゲームで対戦する競技で、近年は障害者にも門戸を開きつつある。昨年6月発売のストリートファイター6は、目が見えなくても、さまざまな音の支援で対戦を可能とする「サウンドアクセシビリティ」という機能を拡充した。江頭さんは、対戦を交えて来場者に機能を解説していた。  実際、どんな音を聞き分けて操作しているのか。  「一番重視しているのは相手との距離。スト6のサウンドアクセシビリティでは、相手キャラとの距離が近くなると、『ピッピッピ』という音が高くなり、離れると低くなるので、常に意識しています」  相手キャラをジャンプで乗り越えて左右の位置が逆転すると、「ピッピッピ」から「ポンポンポン」と音が変わる。江頭さんにとっては、音の変化から「距離感」を把握することが対戦の基本となる。

◆見える見えないに関係なく、大事なのは「やり込み」

 ほかにも、上中下段の攻撃を知らせたり、体力など各種ゲージの残量を知らせたりする音の調整できる機能もある。「同じ全盲でも、どの音を重視するかは人それぞれ。BGMをオフにする人もいますが、私は対戦ステージの環境音が分かった方がやりやすい」  技は直感ではなく、音や対戦するキャラの特性などを考えながら繰り出す。「長距離攻撃ができる相手なら、こっちはジャンプで近づこうとか、近距離型なら距離を詰めすぎないようにとか、常に考えながらやっています」。必殺技名を叫ぶ相手キャラの声や、技によって異なるダメージ音なども重要な情報という。  「対戦する相手のクセも結構見ます。技を連発するタイプだなとか。ガードがうまい人だから、こっちは投げ技で攻めようとか、考えたことがうまくハマるとすごく気持ちいい。この辺は目が見える見えないに関係なく、格闘ゲームのやり込み要素。プレーヤーとして突き詰めていくところかもしれません」

◆バリアフリーに取り組むベンチャー企業に就職

 江頭さんが本格的に格闘ゲームを始めたのは昨春。eスポーツのバリアフリーに取り組むベンチャー企業「ePARA(イーパラ)」に新卒入社してからだ。社員8人のうち5人が障害者。江頭さんのほかにも、筋ジストロフィーや全盲の先輩社員がおり、スト6のアクセシビリティ機能の開発に協力した。

体験会で盛り上がるeスポーツ選手の(中央左から)江頭実里さん、筋ジストロフィーの畠山駿也さん、北村直也さんら

 江頭さんはまだ本格的な大会には出ておらず、「先輩たちに比べたらまだまだ」と謙遜するものの、かつて格闘ゲームにハマった記者が通常通り画面を見ながら江頭さんに挑んだが、1勝もできず、惨敗した。  「うまく技を出せたときもうれしいけど、私にとって格闘ゲームはやっぱり勝ち負けの要素が大きい。いつか先輩にも勝ちたい」。落ち着いた語り口から負けん気の強さが垣間見えた。

◆18歳で視力を失う直前、長崎の夜景を脳裏に焼き付けて

 江頭さんは長崎県諫早市で生まれ育った。先天性の視覚障害で、左目は生まれつき見えなかった。わずかに視力のあった右目だが、高校1年のときに進行性の別の病気が発覚。手術での回復にかけたが、期待はかなわず、高3の秋、18歳で完全に視力を失った。  「不思議と何も思わなかった。少しずつ元に戻るかもって経過を見る期間が長かったので。2年後にもう戻らないと分かって、一生このままなんだなって」  ショックは受けたが、「しょうがない」という思いもあった。手術の直前、悔いが残らないように行動したことが心の支えとなっていた。「ずっと見たかった長崎の夜景を家族と見に行ったんです。最後になるかもしれないから。見えている間にやって良かったという気持ちが強かった」。自分の意思で見た最後の情景は、今も記憶の中にある。

◆板書についていけなくなって落ち込んだ時期も

 大学では、心理士を目指して心理学を学んだ。根底に「誰かの支えになりたい」という思いがあった。父・万寿男さん(60)の言葉が指針になっている。  視力を失ったことは落ち着いて受け止めた江頭さんだが、過去には苦しい時期があった。きっかけは、中学1年まで通っていた地元の学校での挫折。「小学校までは右目の補助具を使って周りと変わりなく勉強できていたけど、中学で勉強量が増えて板書についていけなくなって落ち込んだ」  自分に自信が持てない。将来どうなるか分からない。不安に駆り立てられ、ふさぎ込む日々。そんな折、父と自宅で2人きりに。普段、多弁でない父が言った。「目が見えづらいからと悲劇の主人公で終わってほしくない。つらいことを糧にして、悲劇の主人公を支える人になってほしい」

◆全盲でも健常者と一緒にゲームを楽しめる

 中2から視覚障害者向けの特別支援学校に転校。右目の病気が発覚して苦しいときも、父の言葉は散り散りな心をつなぎとめた。  全盲になったこともあって心理士の夢は断念したが、人を支える道を探していた大学4年のときにeスポーツと出合った。「イーパラ」社員で、SNSで友人だった先天性全盲の北村直也さん(30)から「全盲のeスポーツ選手として活動している」と聞いた。

音を頼りに対戦する北村直也さん(奥)と江頭実里さん

 全盲でも健常者と一緒にゲームを楽しんでいることに興味を持った。同時にeスポーツを通じて障害者の就労支援や社会との接点づくりに取り組むイーパラの活動に強く心を引かれた。  「ハンディキャップがあっても支援する側になれる可能性があるんだ」。北村さんを通じて、イーパラの加藤大貴社長(42)に就職したい旨を伝えた。加藤さんは突然の申し出に驚いたが、「共に成長したい」と感じ、採用を決めた。

◆テクノロジーで能力差は縮まったけど、心の溝は…

 昨春に長崎を離れ、東京で1人暮らし。eスポーツイベントでの実演や司会のほかに、会社の議事録作成やSNS運用などの事務も担う。スマートフォンやパソコンに搭載された音声読み上げや音声入力などの機能を駆使する。最近はナレーションも始めた。  憲法14条は「法の下の平等」を定め、障害者基本法は、障害を理由にした差別を禁じる。江頭さんは「テクノロジーの進化で、社会的に出せる能力の差は健常者とだいぶ縮まっている。障害者がSNSで発信し、交流の機会も増えた」と感じるが、「SNSで障害者の人格を傷つけるような言葉があふれ、社会的な溝は深まった感じ」とも。  今の目標は、東京に住んで感じた一つの「壁」を取り払うことだ。「都会と違って地方の視覚障害者にとって、いろんなイベントや体験をする機会は少ない。バリアフリーeスポーツの活動を地方にも届け、将来的に地元の長崎にも気軽にeスポーツを体験できる拠点をつくれたら」(岸本拓也)

◆デスクメモ

 ごくごく身近な存在になっているゲーム。通勤の電車でも多くの人が時間を費やす。一方で、体の事情からその世界に足を踏み入れづらい人も。楽しみを自由に選択できるかどうかの差。憲法が大切にしてきた「自由」や「平等」を考えさせられる局面は私たちのすぐそばに潜んでいる。(榊)    ◇ <連載:その先へ 憲法とともに>
 ロシアのウクライナ侵攻など国際情勢の不安定化を理由に、防衛費の増額や武器輸出のルール緩和がなし崩し的に進む。平和国家の在り方が揺らぐ中、言論の自由、平等、健康で文化的な生活など、憲法が保障する権利は守られているだろうか。来年で終戦80年を迎えるのを前に、さまざまな人の姿を通して、戦後日本の礎となった憲法を見つめ直す。 ①抗議活動ができる「特権」をパレスチナのために あの「約束」を果たすため、38歳女性は街頭に立つ
②精神科の「闇」を告白した医師が、差別の歴史を振り返った 世界と逆行する日本「昔も今も違憲状態」
③憲法9条を詩訳したら「戦争だとか武力による威嚇だとか永久にごめんだな」 主語を「私」にした詩人の思い
④「誰も声を上げないと為政者はやりたい放題」シールズ元メンバーは、弁護士になった今も国会前で叫び続ける
⑤「悲劇の主人公で終わらず、支える人になって」父の言葉を支えに…全盲のeスポーツ選手は「壁」のない世を目指す(この記事)


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