東京都内の喫茶店。中学2年の長男との苦しい生活を語る、母親の言葉がふと途切れた。沈黙が続く中、店内には米国のフォークデュオ、サイモン&ガーファンクルの名曲「明日に架ける橋」が流れ始めた。
君が生きることに疲れ、自分をちっぽけな存在に思える時、涙がこぼれそうな時、僕が拭い去ってあげる。僕は君の味方だ――。
絶望のふちにあっても、誰かが支えてくれる。そんな英語の歌詞を聴きながら、私(記者)はある団体の活動そのものだと感じた。
スポーツからこぼれ落ちる人々がいます。貧困、国籍、障害、セクシュアリティーなどさまざまな理由で片隅に追いやられる現実について、2回に分けて配信します。(前編)
前編:スポーツはぜいたくか 問い掛ける母親たち
後編:母は四つの仕事を掛け持ち リアル版「アオアシ」
写真特集:中学入学時に購入しスパイクは靴底がはがれた
認定NPO法人「love.fútbol Japan(ラブフットボール・ジャパン)」(神奈川県逗子市)は、2021年度から貧困など経済的な理由でサッカーを続けるのが難しい子どもに奨励金(5万円)やシューズなどの用具を贈っている。
「世の中にはお金じゃ買えないものがある。そう思うが、お金を使って得られるものもたくさんある」
店内の音楽を気にするそぶりも見せず、支援を受ける渋谷陽子さん(45)=仮名=は、きっぱりと話した。渋谷さんは長男の湊斗(みなと)さん(14)=仮名=との2人暮らし。美容師として週に4~5日程度、パートで働く。年収は200万円以下。ひとり親世帯に支給される児童扶養手当を合わせても、家賃や上がり続ける光熱費、食べ盛りの息子を養うための食費を払えば多くは残らない。毎月の生活は決して楽ではない。
それでも、渋谷さんは毎月2万円の会費を負担し、湊斗さんを地元のクラブチームに通わせる。貯金を取り崩したほか、装飾品など身の回りのものを売り払い、ユニホーム代などを工面した。「(中学校の)部活は部員の人数が足りず、指導者もあまり経験がない。思い切りサッカーをさせてあげたい」
だが、周囲の理解は得られず、知人からは厳しい言葉を投げ掛けられる。
「プロになれるレベルの選手ならいいが、シングルマザーなのに、そこまでお金を掛ける必要があるの?」
アンケートで「見えない格差」浮き彫り
活動4年目を迎えた今年度、ラブフットボール・ジャパンには奨励金などの支援を求め、40都道府県から408人(329世帯)の申請が寄せられた。これは初年度の4倍にあたる数字だ。
支援世帯を対象としたアンケートからは、見えない格差が浮き彫りになった。329世帯のうち約9割がひとり親で、年収200万円以下は約6割。全体の4分の1近くの世帯は、年収が100万円以下だった。
コロナ禍に物価高が加わり、生活はさらに苦しくなった。23年度の調査では、子どものスポーツ費用を捻出するため、87%が食費などの生活費を削ったと回答した。サッカーのために親戚らから金銭を借りた経験のある保護者は22年度の30%から35%に増えた。
ラブフットボール・ジャパンの代表を務める加藤遼也さん(40)は「スポーツはぜいたくや趣味と見られがち。貧困対策としての優先度がどうしても下がる。なかなか実態は見えにくいが、学校外のスポーツの体験格差は間違いなく広がる。支援の規模は拡大し、追いつかない。寄付で力を貸してほしい」と訴える。【田原和宏】
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