プロ選手たちと交流し、笑顔を見せる子どもたち。ラブフットボール・ジャパンではこうした活動のほか、毎月、オンラインによる交流も重ねている=2022年12月、ラブフットボール・ジャパン提供

 東京都内の喫茶店。中学2年の長男との苦しい生活を語る、母親の言葉がふと途切れた。沈黙が続く中、店内には米国のフォークデュオ、サイモン&ガーファンクルの名曲「明日に架ける橋」が流れ始めた。

 君が生きることに疲れ、自分をちっぽけな存在に思える時、涙がこぼれそうな時、僕が拭い去ってあげる。僕は君の味方だ――。

 絶望のふちにあっても、誰かが支えてくれる。そんな英語の歌詞を聴きながら、私(記者)はある団体の活動そのものだと感じた。

 スポーツからこぼれ落ちる人々がいます。貧困、国籍、障害、セクシュアリティーなどさまざまな理由で片隅に追いやられる現実について、2回に分けて配信します。(前編)
 前編:スポーツはぜいたくか 問い掛ける母親たち
 後編:母は四つの仕事を掛け持ち リアル版「アオアシ」
 写真特集:中学入学時に購入しスパイクは靴底がはがれた

 認定NPO法人「love.fútbol Japan(ラブフットボール・ジャパン)」(神奈川県逗子市)は、2021年度から貧困など経済的な理由でサッカーを続けるのが難しい子どもに奨励金(5万円)やシューズなどの用具を贈っている。

 「世の中にはお金じゃ買えないものがある。そう思うが、お金を使って得られるものもたくさんある」

渋谷湊斗さん(仮名)のノート。オンラインでプロ選手らと交流し、その内容をまとめている。折に触れて読み返すという=家族提供

 店内の音楽を気にするそぶりも見せず、支援を受ける渋谷陽子さん(45)=仮名=は、きっぱりと話した。渋谷さんは長男の湊斗(みなと)さん(14)=仮名=との2人暮らし。美容師として週に4~5日程度、パートで働く。年収は200万円以下。ひとり親世帯に支給される児童扶養手当を合わせても、家賃や上がり続ける光熱費、食べ盛りの息子を養うための食費を払えば多くは残らない。毎月の生活は決して楽ではない。

 それでも、渋谷さんは毎月2万円の会費を負担し、湊斗さんを地元のクラブチームに通わせる。貯金を取り崩したほか、装飾品など身の回りのものを売り払い、ユニホーム代などを工面した。「(中学校の)部活は部員の人数が足りず、指導者もあまり経験がない。思い切りサッカーをさせてあげたい」

 だが、周囲の理解は得られず、知人からは厳しい言葉を投げ掛けられる。

 「プロになれるレベルの選手ならいいが、シングルマザーなのに、そこまでお金を掛ける必要があるの?」

「子どもサッカー新学期応援事業」の申請世帯の状況

アンケートで「見えない格差」浮き彫り

 活動4年目を迎えた今年度、ラブフットボール・ジャパンには奨励金などの支援を求め、40都道府県から408人(329世帯)の申請が寄せられた。これは初年度の4倍にあたる数字だ。

ラブフットボール・ジャパン代表の加藤遼也さん=神奈川県逗子市で2023年1月20日、田原和宏撮影

 支援世帯を対象としたアンケートからは、見えない格差が浮き彫りになった。329世帯のうち約9割がひとり親で、年収200万円以下は約6割。全体の4分の1近くの世帯は、年収が100万円以下だった。

 コロナ禍に物価高が加わり、生活はさらに苦しくなった。23年度の調査では、子どものスポーツ費用を捻出するため、87%が食費などの生活費を削ったと回答した。サッカーのために親戚らから金銭を借りた経験のある保護者は22年度の30%から35%に増えた。

 ラブフットボール・ジャパンの代表を務める加藤遼也さん(40)は「スポーツはぜいたくや趣味と見られがち。貧困対策としての優先度がどうしても下がる。なかなか実態は見えにくいが、学校外のスポーツの体験格差は間違いなく広がる。支援の規模は拡大し、追いつかない。寄付で力を貸してほしい」と訴える。【田原和宏】

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