「お前らバズりすぎやろ」

 そう、選手たちからツッコまれる。15年ぶりの夏の甲子園なんだから、目立ってなんぼだ。

 滋賀学園の応援団長、荒井浩志(3年)。アルプス席の最前線でひときわキレッキレで踊る姿がTikTokなどのSNSで拡散され、話題となっている。

 ブラスバンドのリズムに乗って、芸人のギャグやアイドルの振り付けを採り入れた創作ダンス。「応援は選手の100%の力を120%にできる」

 試合のたびにテレビカメラが増えるもんだから、真顔でカメラ目線を決めてサービスしちゃう。もはや試合は見えない。でも、それでいい。「まだまだ滋賀学園のことを知らない人は多い。『こんな応援団に応援されたい』って思ってほしい」

 願わくば、大歓声の中心にいたかった。同じ左投げ左打ちの外野手で第100回大会(2018年)を制した、大阪桐蔭の藤原恭大(ロッテ)みたいに。

 野球の原点は小学4年生、父親とのキャッチボールだ。右利きなのに、なぜか左腕の方が遠くへ投げられた。その感覚がうれしくて、次の日からずっと壁当てをして遊んだ。サッカーやテニス、水泳もやっていたけれど、野球が一番だった。

 中学のチームの先輩が滋賀学園にいた縁で、地元の三重から進学した。悠々と柵越えの打球を放つ同級生を見て「パワーではかなわん」。一心にミート力と小技を磨いたが、公式戦のベンチ入りはかなわないままこの夏を迎えた。メンバー発表の日、仲間の前で気丈に振る舞ってから、母に電話した。

 「ごめん。メンバーに入れなかった。寮にも入れてもらったのに、良いところ見せられなかった」

 毎月のようにマックのハンバーガーを持ってきては、話を聞いてくれたお母さん。優しい声が返ってきた。

 「がんばってるってだけで、いいんやで」

 涙がこぼれた。ふて腐れてはいけないと誓った。

 滋賀大会前に行われた他校との引退試合では、高校最後の打席にすべてをかけた。外角のボールゾーンから入ってくる変化球に食らいついた。苦手なコースだったが、打球はレフトの前で弾んだ。

 創作ダンスは部の伝統だ。コロナ禍で声出し応援が禁止になった1年生の夏、無音でもへんてこなダンスを全力でする先輩の姿に感動した。

 6月以降は週3回以上、寮の食堂でみんなと練習した。

 「とにかく大きくて面白い動き」を求め、振り付けは一から考えた。「これどう? 文化祭でもやったTWICEのうさぎダンス」「(芸人の)永野のギャグは?」「ええやんええやん」

 「メンバーがのびのび野球をできるように、自分たちの応援で球場を巻き込む」。アルプスで踊りながら、今、こんな思いが芽生えている。

 「誇らしい気持ちになるんです。こいつらに負けたんやったら、ええわって」。夢は救急救命士。本気の野球は高校までと決めている。

 チームはこの日、青森山田に0-1で敗れたが、3安打を放った多胡大将(3年)は言った。「応援のおかげ。暑い中ずっと応援してくれて、感謝の気持ちしかありません」

 滋賀学園史上最高のベスト8進出を、荒井たち応援団が力強く後押しした。(大宮慎次朗)

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