<マイ・ウェイ! パリ・パラリンピック>  心底欲した金メダルを手にした東京パラリンピックから3年。競泳全盲クラスのエースで5大会連続出場となる木村敬一(東京ガス)は少し違った心持ちでパリのスタート台に立つ。2連覇がかかる100メートルバタフライで抜本的なフォーム改善を重ね、まず目指すのは「効率の良い泳ぎ」。海外のライバルの壁は高いが、理想の泳ぎをすれば結果はついてくると信じる。

◆五輪2大会連続銅・星奈津美さんと二人三脚で

星奈津美さん(右)にバタフライのフォーム指導を受ける木村敬一=2023年3月

 一つの挑戦が一区切りを迎えようとしている。木村はパリ・パラリンピックに向け、昨年2月から五輪2大会連続銅メダルの星奈津美さんにバタフライのフォーム指導を受けてきた。  全盲クラスといえど、国内外の多くのトップ選手が中途失明で、視力が残っている間に泳ぎを覚えたケースが大半。対して、木村は先天性の疾患により2歳で光を失った。「元々見えていない自分は、より上手に泳ぐ方法を習得するのにハンディがあるんだろうな」と考えてきた。  一般的な「効率の良い泳ぎ」とは異なり、コースロープに当たっても力負けしないような、鍛え上げた筋肉による体力頼みの独特なフォーム。「技術を改善すれば伸びしろはいくらでもある」と助言されたことは何度もある。でも、東京パラまでは泳ぎが崩れる怖さから、変えられなかった。「余計なことはしたくなかった。金メダルへの最短ルートしか通りたくなかった」

東京パラリンピック男子100メートルバタフライ決勝で泳ぐ木村敬一選手=2021年9月

 勝利にとらわれた状態だった自分。「金メダルをとることでしか消せないものだった」。念願を成し遂げた東京パラ後は心にゆとりが生まれ、バラエティー番組出演やハーフマラソン出場、バンジージャンプ体験など、さまざまな挑戦や寄り道もした。そして、「見える人がどうやって泳ぐのか」を知るフォーム改善。好奇心の一環で取りかかり、星さんと二人三脚で歩むと決めた。

◆「崖のすれすれを泳ぐ感じ」それでも抱く充足感

日本代表の合宿でインタビューを受ける木村敬一=2023年12月

 腕の軌道に呼吸、キックのタイミング…。新しいフォームは意識する点が無数にあり、それがかみ合わないと最大出力は出せない。健常者の泳ぎの一端は理解できた。「確かにこれはコースロープに当たらなければ速い。でも、当たった瞬間に全部のバランスが崩れる」。一進一退を繰り返しながら、全盲独特の泳ぎとの融合を目指している。「まだ再現性は低い。崩れる要素も持ち合わせた状態なので、崖のすれすれを泳いでる感じ」と苦笑する。  100メートルバタフライの自己ベストは5年前に出した1分1秒17。昨夏の世界選手権では、弱視クラスから全盲クラスに変わってきたウクライナ選手が1分0秒66の世界記録をたたき出した。2連覇に向け、厳しい戦いとなるのは織り込み済み。だが、「これだけ技術的なところをしっかりやれて、すごく充足感がある」と表情は明るい。効率とパワーが融合した泳ぎへ。盲目のエースの新たな挑戦はどんな結末を見せるのか。

 木村敬一(きむら・けいいち) 33歳、滋賀県出身。今大会は競泳男子50メートル自由形。男子100メートルバタフライに出場予定。

   ◇ <連載:マイ・ウェイ! パリ・パラリンピック>
 パリ・パラリンピックは8月28日に幕を開ける。十人十色の道のりでトレーニングを積んできたパラアスリートたち。初出場選手から複数出場を重ねるベテランまで、それぞれの歩みをたどり、本番への覚悟に迫る。(兼村優希) 

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