練習の合間に笑顔を見せる国只投手=兵庫県西宮市の鳴尾浜臨海野球場で2024年8月11日午前8時26分、井村陸撮影

 夏の甲子園で3回戦に進んだ広陵(広島)。背番号20を着ける国只醒永(くにただしょうえい)投手(3年)は、1年の冬に指定難病の潰瘍性大腸炎を発症したほか、右肘のけがで7月の広島大会も欠場した。それでも高校最後の大会となる今大会のメンバー入りを勝ち取った。「同じように病気やけがで苦しむ人たちに諦めずに努力すれば夢がかなうということを伝えたい」と晴れ舞台に臨んでいる。

 国只投手は広島県三原市出身。父や兄が高校球児だった影響で小学3年から地元のクラブチームで野球を始めた。野球だけでなく伝統校で人間性も磨きたいと広陵に進学した。

 入学して半年が過ぎたころ、体に異変が起き始めた。練習中に立ちくらみすることが何度もあり、食欲が低下した。体重は約10キロも減った。病院で検査した結果、潰瘍性大腸炎であることが判明した。血便を伴う下痢や腹痛を起こし、国内に20万人以上の患者がいると推計される難病だ。薬で炎症を抑える治療があるが、3~4割の患者は症状が落ち着きにくく長引く。

 「病気のことを知ったときはショックが大きかった」。それでも野球を続けたいという思いは変わらなかった。「絶対復帰してやる」。2週間の入院生活後、すぐに部員とは別メニューで練習を再開。最初は食事制限で揚げ物などを食べることができなかったため、寮の食事も別メニューだった。投薬の結果、症状は改善し、半年ほどで体重も元に戻ったが、現在も薬の服用は続けている。

 3年になり最後の甲子園を目指す中、今度は別の悪夢が襲った。4月に右肘を故障し、7月の広島大会ではメンバー入りすることができなかった。それでもトレーニングを積み重ね、背番号20を手に入れた。

 中井哲之監督は「病気や故障があったが、最後の最後まで一生懸命練習に取り組んでいた。マウンドに上がったら思いきり投げてほしい」と期待する。

 12日の熊本工との2回戦。3塁側アルプス席で見守った父輝夫さん(54)は「チームメートらに支えられ、諦めずに練習した結果が報われた。悔いのないよう挑んでほしい」と話した。

 国只投手の持ち味は、140キロに迫る直球やスライダーなどの変化球を投げ分け、打たせて取るピッチング。この日の登板はなく、ベンチで控え選手らと声援を送った。

 「チームのためにベンチで声をあげて盛り上げたい。登板機会があるかもしれないので変わらず練習も継続していく」。国只投手は試合後、次の東海大相模(神奈川)との対戦を見据えた。【井村陸】

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