パラスポーツを公平に行う上で欠かせない「クラス分け」は、時に選手の人生を左右する。ボッチャ男子(運動機能障害BC4)で2022年世界選手権覇者の内田峻介は、一時パラリンピックの参加資格を満たさない障害(NE)と判定されたものの、今年の国際大会で再度BC4クラスと認められ、パリ・パラリンピック代表に内定した。6月下旬に東京都内で開いた会見で、「不安で苦しい時期が続いたが、諦めずに続けてきて良かった」と涙ぐんだ。(兼村優希)

 内田峻介(うちだ・しゅんすけ) 先天性の多発性関節拘縮症で、手足に障害がある。中学2年でボッチャを始める。2022年に初出場した世界選手権で、運動機能障害BC4クラスで金メダル。大体大教育学部4年で教師を志す。世界ランキング5位。山口県宇部市出身。

◆大会中なのに「軽い障害」と除外

会見で涙ながらにクラス分けの経緯を話す内田峻介

 昨年12月、香港であったアジア・オセアニア選手権で予想外の展開が待っていた。大会中のクラス分けで、参加基準よりも軽い障害としてNE判定を受け、途中で退くことに。パリを目指す選考レースの大詰めを迎えた時期に「全てが真っ暗になった。何を目標に生きていけば…」と絶望するしかなかった。  ボッチャはパラリンピックの中でも四肢や体幹に重い障害のある選手が参加する競技。中でもBC4クラスは、脳性まひなどがある他のクラスとは異なり、脳に由来しない疾患による機能障害がある人が対象となる。21年10月に国際統括団体のワールドボッチャがクラス分け規定を改定し、BC4クラスの上肢や体幹機能などの評価方法がより具体的に明記された。それに伴い、選手の再評価が進められてきた。

◆「クラス分けの判断は簡単ではない」現実

東京パラリンピックの開会式で聖火を点け、手を振る最終走者の(手前から)森崎可林、上地結衣、内田峻介=国立競技場で

 内田は、生まれつき手足の関節が固くなって十分に動かせない障害がある。日本ボッチャ協会の片岡正教クラス分け委員長は、「彼の場合は筋力がちょっと強い場所と弱い場所、関節の動かしにくい場所などが混在しており、クラス分けの判断は簡単ではない」と説明する。国際大会でクラス分け委員は障害が競技にどの程度影響しているかを調べるが、観察する試合の展開によってはなかなか目的の動作が出てこず、判定結果に影響する場合もあるという。  NE判定に、選手の心中は複雑だ。「ボッチャをし続けたことで筋力がつき、障害の機能が改善したのかなと思うと、良いことなのかもしれない」と内田。だが、同時に、パラアスリートとして積み上げてきたキャリアや夢を失い、とても喜べない。「他のパラスポーツに挑戦するなら、何にしようか」と考えた時期もあった。

◆「判定が変わることがあるのか」

パリ・パラリンピックへ練習に励む内田峻介=東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターイーストで

 大学の先輩や友人らの励ましを支えに、今年1月の日本選手権で頂点に立ち、4、5月にカナダであった国際大会で再びクラス分けを受ける機会を手にした。  「判定が変わることなんてあるのか」。その思いはぬぐえなかったが、現地で対応した国際クラス分け委員の3人は、内田の過去の試合映像全てに目を通し、通常よりかなり時間をかけて評価してくれた。結果は再びBC4クラス。昨年末時点の世界ランキングでパリ切符も手中に収め、内田は「努力が報われた」と胸をなで下ろした。  3年前の東京・国立競技場。出場を逃した東京パラリンピックの開会式で最終聖火ランナーの大役を果たした。聖火台にともる炎を見つめながら、「選手として出たい。金メダルを取りたい」と誓った。あと2カ月で、夢の舞台が幕を開ける。「支えてくれた皆さんに結果で恩返しする。諦めない姿を見せたい」。21歳の若きエースは、パリのコートでその生きざまを示すつもりだ。

 ボッチャ 重い身体障害者でもプレーできるスポーツとして考案された。個人やペア、チームで赤と青に分かれ、ジャックボール(目標球)へ持ち球を投げてどちらがより近くに置けるかを競う。6球ずつで1エンドが終了し、目標球に最も近い球がある方へ、相手の最も近い球より近くにある球の数だけ得点が入る。投げ方は自由で、自力で投げられない人は滑り台のような勾配具「ランプ」を使い、アシスタントに角度や位置を調整してもらって球を転がす。クラスは4つに分かれ、BC1とBC2は脳性まひなど、BC3は疾患を問わず最も重度な障害、BC4は頸髄(けいずい)損傷や筋ジストロフィー、関節拘縮などの脳に由来しない障害が対象となる。




鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。