2021年東京オリンピックの空手女子形で銀メダルを獲得した清水希容さん(30)が5月、現役を引退した。ルールに基づいて勝敗を競う「競技」と、心技体を鍛える精神や美しさにこだわる「武道」。現役時代は空手が持つ二つの側面を追い求め、両者の間で心が揺れ動いたという。
競技は「一瞬の出来事」
静寂の中、気合の声と鋭い呼吸音が響く。キレのある技と気迫あふれる表情で、会場の視線を一気に引き寄せた。
5月19日、清水さんは地元・関西のベイコム総合体育館(兵庫県尼崎市)で、競技人生最後の演武に臨んだ。
選んだ形は東京五輪の時と同じ「チャタンヤラクーサンクー」だった。「ずっと一緒に戦ってきて、いろいろな経験をさせてもらった。自分自身を表現できる」と、強い思い入れがある形だ。
体育館には収容人数いっぱいの5000人ほどが集まった。東京五輪のチケットを買ったものの、新型コロナウイルスの影響で無観客開催となって観戦できなかった人も訪れた。清水さんは約3分半の演武を終え、温かい拍手に包まれながら会場を後にした。
「(体を)酷使して、削って削って全部出し切った」という東京五輪。その後は体調やメンタルが十分に戻らず、「ガス欠でずっとふかす」日々だった。両膝のけがも悪化し、5月の引退発表の直前まで悩んだものの決意した。
決められた基準に沿って高得点や勝利を追い求めるか、自分なりの「美しさ」を表現することにこだわるか――。採点競技で戦うアスリートたちが直面するテーマだろう。
清水さんもそうだった。
現役時代は「『競技』と『武道』を両輪でやれる選手」を目指していた。ただ、二つの間には「壁を感じた」という。
空手の形は元々「対相手」をイメージしているため、清水さんは「第三者から動きが見えづらい」と指摘する。この点が、競技としての形に取り組む際のネックになった。評価するのは審判という「第三者」の目線だからだ。「そこが独特でもある。難しいなと思った」と振り返る。
清水さんは、空手を「道」と表現する。
「人生の中で競技の期間ってすごく短くて、一瞬の出来事みたいな感じ。これからの空手の人生の方が大事なんです」
競技から離れ、これからは「武道」としての空手を極めていく。「競技よりもっと深いところに空手はある。その時その時で技術のあり方や(空手の)見え方は違いますし、感じ方も違うので、『味』を出していけるように」と話す。
今後は指導者を目指しつつ、国内外で空手の普及活動にも取り組んでいくつもりだ。
「私は今、『武道』の引き出しが弱いので、(競技と武道の)どっちも指導できるように磨いていきたいです」
そう語る表情は、まだまだ続く「空手家」としての人生への期待にあふれていた。【深野麟之介】
しみず・きよう
1993年12月7日生まれ。大阪市出身。東大阪大敬愛高、関西大を経て、ミキハウスに入社。空手は小学3年の時に兄の影響で始めた。2013年の全日本選手権を制し、そこから7連覇。世界選手権で連覇(14、16年)を果たすなど、日本の空手界をけん引した。今後は指導者を目指しつつ、空手家として活動を続ける。
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