27日投開票された第50回衆院選は、自民党が派閥裏金事件の影響を受けて大敗し、公明党を合わせた与党で過半数(233議席)に届かなかった。自公の過半数割れは旧民主党政権が誕生した2009年以来となり、政治状況は一気に不安定化している。選挙結果や今後の政権の行方について、谷口尚子・慶応大教授、中北浩爾・中央大教授、遠藤乾・東京大教授の3氏が語り合った。(全3回の第1回)【司会は田中成之政治部長、写真・宮本明登】
――選挙結果を大きく左右した裏金問題についてどのように考えますか。
谷口氏 これまで衆院選後に行われてきた調査では、選挙でどんな点を重視したかという質問に対して、雇用や税金、物価などを重視したと回答する有権者が多かった。つまり有権者は汚職やスキャンダルではなく、自分の暮らし向きを好転させる政治かどうかに関心を持つ人が多いので、裏金問題も選挙ではそこまで争点化しないのではと予測していた。しかし、今回は円安で物価が上がり続け、生活の苦しさや経済への不満が底流にあるところに、裏金問題が起きた。有権者が大変な思いをしているのに、自民党は政治資金収支報告書の不記載に過ぎないという説明に終始し、相変わらずお金の問題について緊張感がないという印象を与えた。生活が苦しいからこそ、お金がらみのスキャンダルが怒りのトリガー(引き金)になったのではないか。
中北氏 汚職事件であるリクルート事件と違って、今回は不記載だというのは永田町の論理としてはあったし、一部は理がある。ただ、不記載は法律違反だという分かりやすい構図があり、これが非常に悪いことだということを誰も否定できない。もう一つは、自民総裁選でいったんは裏金の風がやんだ感じになったが、衆院選前に裏金議員に対する公認問題が浮上して、最後にはダメ押しのように、党本部が非公認候補側へ2000万円を支給した問題が出てきた。常に燃料が投下され、裏金の逆風が止まらなかったことが大きい。
国家と個人の間にある中間団体や政党組織の衰退が日本政治の底流にあり、それが裏金問題にも関わっていると思う。有権者と政治家の距離が広がっているから、有権者が政党や政治家に信頼を寄せにくくなっている。政党政治離れが負のスパイラルのように進んでいるのではないか。「政治とカネ」の問題をクリーンにすれば政治不信は収まるという見方があるが、私はもう少し構造的な原因があるとみている。
――欧米でもエスタブリッシュメント(支配階級)への反感が選挙結果につながっています。それが日本に波及してきたのでしょうか。
遠藤氏 結構、同時代的な現象かなと思う。今年は米大統領選などで世界的な選挙イヤーと言われるが、どこも大体、与党が苦戦している。そこには共通する要因があると思う。イデオロギー的な左右というより、上下の階層的な不満が出やすくなっているのではないか。ただ、14年ぶりの政権交代につながった英国の保守党に対する有権者のパニッシュメント(処罰)はもっと激しかった。それは保守党が国を壊したからだ。日本の場合はそこまで行っていないが、有権者によるパニッシュメントであったとは言える。国会でどの政党も過半数を有しない本格的な「ハングパーラメント(宙づり議会)」の発生は日本では1993年以来の事態で、政治的には興味深い。
谷口尚子(たにぐち・なおこ)氏
1970年生まれ。慶応大大学院博士課程単位取得退学。博士(法学)。東京工業大准教授などを経て現職。専門分野は政治行動、政治過程など。著書は「現代日本の投票行動」。
中北浩爾(なかきた・こうじ)氏
1968年生まれ。東京大大学院博士課程中途退学。博士(法学)。一橋大教授などを経て現職。専門は日本政治史など。著書に「自公政権とは何か」など。
遠藤乾(えんどう・けん)氏
1966年生まれ。北海道大卒。英オックスフォード大博士号(政治学)。パリ政治学院客員教授、北海道大教授などを経て現職。専門はヨーロッパ政治、安全保障。著書に「統合の終焉」など。
つづきは
第2回・弱体化、分断… 自民の敗因は
第3回・不安定な政権運営、その先に
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