SNS(交流サイト)が選挙や政治のあり方を変えつつある。7月の東京都知事選で若者や無党派層へ支持を広げる武器として注目された。接する情報が偏るなどSNSの負の側面も指摘される。政治学、計算社会科学、社会学の識者にSNS政治へどう向き合えばよいのか聞いた。

河野有理・法政大教授(政治学) 有権者の党派性強まる

河野有理・法政大教授

――SNSと選挙の関係をどう分析していますか。

「都知事選の石丸伸二氏は有力候補のなかでフレッシュに見えた。学生の知名度は高かった。TikTok(ティックトック)などSNSはワンフレーズポリティクスに親和性がある。石丸氏が新たなメディアを駆使したのは事実だろう」

「新聞、テレビからSNSへとプラットフォームは変わっても政治に影響を与える『メディア政治』の構図はこれまで通りだ。そういう意味において小泉純一郎元首相はSNS時代にも適応できたのではないか」

――蓮舫氏が3位に沈んだ結果は「既存政党」の否定という見方もできます。

「自民、公明両党と対峙する旧民主党系と共産党という保革対立の『疑似二大政党制』のイメージは崩れつつある。若ければ若いほど有権者は保革対立のイメージがわからない傾向がある」

「政治空間の座標軸が変容し、いまは対立軸がぼんやりとした改革派と守旧派に変わっている。そういう点で自民党も立憲民主党も同じ守旧派としてくくられる。既存政党は自らの立ち位置を見誤ったのではないか」

――社会の分断への懸念はありますか。

「アルゴリズムで動かされたSNSに影響を受けた有権者はより党派性を強める可能性はある」

――自民、立民両党は9月にそれぞれ党首選挙を予定します。

「政治的な座標軸が不明確になれば、軸が年齢や世代に限られてくる。若い無色でフレッシュな人が急に台頭することはありうる。既存政党でも世代交代をはかろうとする動きが出てくるだろう」

「日本は海外に比べてポピュリストへの耐性の強い国で、すぐにそういう流れがやってくる感じはしない。ただ政治家が一時的な人気を狙うことはいまもある。(一例として)自民党の派閥解消の動きは危ない兆候だ」(聞き手は今尾龍仁)

鳥海不二夫・東大教授(計算社会科学) 工夫次第で有権者にリーチ

鳥海不二夫・東大教授

――最近の選挙でのSNSの特徴を教えてください。

「動画配信サイト、YouTube(ユーチューブ)の活用が目立った。波及度で考えるとユーチューブは利用者が非常に多い。これまでも動画は使われていたが、上位に入る候補がうまく使用したという点が新しかった」

――SNSの活用が民主主義に寄与するためには何が必要ですか。

「利用をどこまで許可し規制するのか。現状を踏まえた上で考えなければいけない。2013年にインターネット上の選挙運動が解禁されたが、IT(情報技術)業界は10年ひとむかしなので状況に応じて見直す必要があることを考慮しなければいけない」

――有権者が気をつけるべきポイントはありますか。

「ネット選挙が始まったころから、自分に近い意見ばかりに接する『エコーチェンバー』現象が起こるということが分かっていた。同じ候補を支持する人どうしはつながりやすい。みんなが言っているから正しいと勘違いする」

「検索などのアルゴリズムで接する情報が絞られる『フィルターバブル』という現象もある。例えばある候補の応援動画を1回見ると、それから似たような動画が『おすすめ』される」

「人の情報に関する可処分時間は24時間のうち1時間とも言われる。そのほとんどを同じ候補の動画しか見ないのでよいのか判断する必要がある」

――選挙運動のあり方はどうあるべきでしょうか。

「都知事選で5位の安野貴博氏、7位のひまそらあかね氏の2人が特徴的だった。主要な候補者とは異なり、ネットに比重を置いた選挙運動を行っていた」

「工夫次第で有権者にリーチする方法があることが見えてきた。だからと言ってすぐに主戦場がネットになることはない。ネットで情報収集をしていない高齢者は人口に占めるパイとしては大きい」

「石丸伸二氏が若者から支持を得たことは一つの時代の変化といえる。ネット選挙の解禁から10年たちようやく効果的な使い方が見えてきたと思う」(聞き手は田中雅久)

藤田結子・東大准教授(社会学) 「主権者教育」が必要

藤田結子・東大教授

――若者は候補者の情報をどのように収集していたのでしょうか。

「首都圏の大学生を対象に聞き取り調査をしている。小池百合子氏や蓮舫氏は強い印象を持たなかったようだ」

「石丸伸二氏は選挙の数カ月前から知っていたという人が多い。ティックトックやユーチューブのショート動画を目にしていたという声が多い。安野貴博氏はITやスタートアップに関心ある学生は知っていた」

――若者は石丸氏を好意的に見ていたのでしょうか。

「さまざまだ。広島県の安芸高田市長時代に居眠りをする市議に声を上げる動画を見てリーダーシップがあると思うという意見がある一方で、そういう態度に親近感を持てないという意見の人もいた」

「選挙から2週間ほどたつと石丸氏の好感度はかなり低下したようだ。テレビなどのマスメディアは石丸氏の会見でのやりとりを批判的に描いた。若者は影響を受けていると思う」

――ショート動画などの手法が社会に悪影響を及ぼすことはあるでしょうか。

「学生もティックトックに出てくる政治家は信頼できるのか疑いつつ見ているが、多くは与野党の政策や思想の違いを知らない。SNSなどの動画しか情報源がなくイメージや面白さなどに影響されてしまう」

――打開するためにどのような策が必要でしょうか。

「主権者教育だ。若者には政治を学ぶ場がない。いまの主権者教育は中立性の観点から架空の設定を用いている。先生も政治的なスタンスを表明してはならないし、全部が架空で現実の政治の構図がわからない」

「現実の政党の政策を教えるべきだ。大学生は経済を重視している。日本の将来が不安で経済を強くしてほしいという考えが目立つ。各党が若者の期待にどう応えようとしているのか、そこを一番知りたがっている」(聞き手は堀越凜人)

記者の目 扇動に惑わない判断力を

選挙と無関係のポスター、掲示板の枠の売買、奇抜な政見放送、候補者への妨害――。この間の都内での選挙はさまざまな課題を残した。いわばSNSの副産物といえる。

「国民が政治を嘲笑しているあいだは嘲笑に値する政治しか行われない。国民はその程度に応じた政府しかもちえない」。政経塾を立ち上げ多くの政治家志望の若者を育てた松下幸之助氏の言葉だ。有権者が「嘲笑」の対象になるようなことを選挙の手段として認めない姿勢が重要になる。

SNSの普及で「Z世代」が街頭演説に多く駆けつける姿は新たな選挙のスタイルの到来を感じさせた。うまく使えば政治や政治家との距離を縮めるツールにもなる。SNSの発信側のモラルだけでなく、受信側の有権者も偽情報や扇動に惑わない判断力が試される。(今尾龍仁)

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