2023年8月、ウクライナのゼレンスキー大統領が防空システム「パトリオット」が配備された部隊を視察している場面(写真・Pool/Ukrainian Presidentia/Planet Pix via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ)

2024年初めからのアメリカからの軍事支援がストップし、砲弾も防空システムも足らず、苦境にあるウクライナ軍にようやく待ちに待った「恵みの雨」が降ってくる。

2023年秋以降、アメリカ下院で審議が迷走していた約608億ドル(約9兆4000億円)に上る対ウクライナ軍事支援のための緊急予算案が2024年4月20日、採決の結果、ようやく下院を通過したからだ。

数週間以内に軍事支援が届き始めるのは確実だ。東部戦線で主導権を奪うなど最近のロシア軍の攻勢を受け、日本では「国力に勝るロシアが勝利するのではないか」との見方がじわりと広がりつつある。しかし、今回の支援再開決定を踏まえ、ウクライナ戦争が今後どのような展開をするのか、全体像を考察してみた。

「プーチンの傲慢な見方を打ち砕く」

今回の軍事支援再開決定が持つ意味を採決前に明確に指摘したのは、アメリカのウィリアム・バーンズ中央情報局(CIA)長官だ。ゼレンスキー政権との秘密交渉を担当し、バイデン政権内で最もウクライナ情勢に精通している閣僚であるバーンズ氏はこう語った。

「軍事支援再開がもたらす、軍事的、心理的弾みがあれば、2024年末までウクライナ軍は戦線を守り切り、自分たちに時が味方しているとのプーチンの傲慢な見方を打ち砕くことができる」

つまり、アメリカの軍事支援が再開すれば、早期のウクライナ敗戦はありえないとの見解を示したものだ。

この発言の中でバーンズ氏は、仮に予算が今回成立しなければ「2024年末までにウクライナが戦争に負ける可能性が高い」とも述べ、この部分が国際的には大きな波紋を呼んだ。

しかし、今回の下院通過を踏まえれば、アメリカの支援再開によって、少なくとも年末までウクライナ側には十分ロシア軍に対抗できる力があると、バーンズ長官が断言したことのほうが意味あると筆者は考える。

本稿執筆時点で再開されるアメリカからの軍事支援の具体的内容や供与時期は不明だ。しかし、今後のロシア、ウクライナ両国の軍事力の比較を部門別で大まかに占ってみよう。

まず、砲弾だ。現状でロシア軍は5対1、場所によっては10対1の比率でウクライナ軍を保有数で圧倒すると言われている。このウクライナ軍の劣勢はアメリカからの砲弾供給再開で相当埋まるだろう。

最近、榴弾砲などの火砲とは別に、両軍にとって重要な戦力になっているのが攻撃用ドローンだ。ドローンは「砲弾」には含まれていない。ドローンの保有台数でみると、キーウの軍事筋はウクライナがロシア軍の倍を保有していると明らかにした。

ウクライナ防衛網の穴を埋める

ウクライナのドローン部隊は最近、攻撃してきた戦車などを大量に破壊するなど、ロシア軍にとって大きな脅威になっている。

逆にウクライナにとって、過去1カ月で新たな脅威となっているのは、エネルギー施設や住宅地域へ集中的なミサイル攻撃を加えるロシア軍の新戦術だ。軍事筋は、これによって生じた発電能力の喪失が「政府の公表以上に極めて深刻だ」と語った。

また2024年4月中旬には、北部チェルニヒウ市の人口密集地にミサイル3発が撃ち込まれ、20人近くが死亡した。ゼレンスキー大統領は防空システムが十分あれば防げたと口惜しさを露わにした。

発電施設への集中的攻撃の背景には、ゼレンスキー政権が現在必死に進めているドローン兵器の生産を止める狙いもあると言われている。

この状況をもたらしたのは、ウクライナ側の防空網にできた大きな「穴」だ。

ウクライナは、アメリカやドイツが2023年夏以降にウクライナに供与した高性能地対空ミサイルシステム「パトリオット」で、これまでパトリオットがキーウ、ハリキウ、オデーサ、東部など最重要地域へのミサイル攻撃を効果的にしのいできた。

しかしロシア軍の巧みなじゅうたん攻撃によって、次第にパトリオットの数が足らなくなり、防ぎ切れなくなったのだ。これにロシア軍も気づき、ミサイル攻撃が激しくなった。

このため、ウクライナにとって現在最も緊急な課題は、新たなパトリオットの確保だ。ゼレンスキー大統領は全土を守るためには25基のパトリオットが必要と述べたが、当面7基がすぐに必要としている。

これを受け、米欧から呼応する動きが出ている。最近ウクライナへの軍事支援で積極姿勢に転じたドイツが1基を追加供与する方針を明らかにした。また北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長も、NATO加盟国が防空システムを追加供与することで合意したと明らかにした。

数量や供与時期は不明だ。今回の支援再開決定を受け、アメリカも追加供与する可能性がある。しかし、表明された供与の規模ではまだ足りないとみられる。

一方で、今後の戦局を占う意味で筆者がパトリオットと並んで最も注目しているのは、F16戦闘機がいつ欧州各国からウクライナに供与されるか、だ。ウクライナ人パイロットの訓練が終わり次第、2024年5月以降、さみだれ式にウクライナに供与されると言われている。

最終的には100機程度が供与されるとウクライナ側はみている。これまでロシア側への攻撃では主にドローンに頼ってきたウクライナ軍にすれば、攻撃力が大幅にアップすることになる。

F16戦闘機はいつ供与されるのか

F16の任務としては、まずウクライナ軍による東部や南部での占領地奪還作戦における上空からの攻撃支援となるだろう。今回のアメリカ支援の再開で砲弾が供給された段階で、ウクライナ軍はF16の支援を受けながら、地上攻撃作戦を再び開始するだろうと軍事筋は語る。

そうなれば、2024年2月半ばに東部ドネツク州の要衝アブデーフカからウクライナ軍が撤退を余儀なくされて以来、守勢一辺倒を余儀なくされていたウクライナ軍地上部隊が東部や南部で初めて攻勢に出ることを意味する。

撤退直前に軍総司令官となったシルスキー司令官はロシア軍に局地的に前進を許す局面はあるものの、全体的には巧みに守りを指揮し、アブデーフカ撤退以降、ロシア軍による攻撃を停滞させている。ゼレンスキー氏の評価も高いという。

軍事筋は、西側からの追加の武器支援が届くまでは、攻勢に出ることを拒否して解任された前任のザルジニー氏と比べ「持っているもので何とか局面打開しようとするタイプ」とシルスキー氏を評価している。

その例が、ロシア各地の石油精製工場への執拗なドローンによる連続攻撃だ。ロシアにとって、最大の外貨収入源である石油輸出を縮小させ、結果的にプーチン政権の財政上の継戦基盤を崩す戦略だ。

この攻撃をめぐっては、バイデン政権とウクライナとの間で、大きな溝が表面化している。原油価格の世界的上昇を招くとしてアメリカが反対したものの、ゼレンスキー政権がこれを無視する形で攻撃を続けているからだ。

さらにウクライナ軍は最近、ロシアが併合したクリミア半島にあるジャンコイ空軍基地をミサイル攻撃し、最新鋭の防空システムであるS400を破壊した。これはF16によるクリミア攻撃に移行するのを前にした準備とみられている。F16でクリミア大橋の破壊を試みる可能性もある。

いずれにしても今後、当面の軍事的焦点は、東部ドネツク州で徐々に占領地を広げているロシア軍がどこまで攻勢を掛け、それをウクライナ軍が跳ね返すことができるかどうかだ。

ゼレンスキー大統領は、ロシア最大の祝日である2024年5月9日の対独戦勝記念日までに同州チャソフヤールを占領するため、ロシア軍が攻勢を強めてくるとの見通しを示している。同時にゼレンスキー氏は6月にもロシア軍が大規模な攻勢を掛けて来ると警告している。

ロシアによる「夏の大攻勢」はあるか

しかしこの夏の大攻勢について、軍事筋は現時点でロシア軍にこれを予兆させる大規模な兵力集結の動きは確認されていないと指摘。実際に可能性は低いとの見方を示した。

一方、NATOの欧州諸国はロシアによるNATO加盟国への軍事的攻撃の可能性をめぐり、喫緊の課題として取り組んでいる。ドイツ軍のカルステン・ブロイアー総監は最近、今後5年から8年間で、ロシア軍が軍事態勢上はNATO諸国への攻撃が可能になるとの見方を示したうえで、これに備えた防衛力の整備を急ぐべきと指摘した。

NATO加盟の欧州諸国が現在のウクライナ侵攻について、もはやモスクワとキーウの間の2国間戦争ではなく、ロシアと欧州全体との「欧州戦争」に拡大する可能性があるとの厳しい現状認識を持っていることを示したものだ。

こうした欧州の新たな対ロ姿勢との関連で筆者には岸田文雄政権に注文したいことがる。対中関係と並んで、ウクライナ情勢に対する日本のあるべき対応について、きちんと国民に説明してほしい。

先の日米首脳会談は両国関係について、地球規模の諸問題で共同対処する「グローバル・パートナー」と位置付けた。おまけにアメリカ連邦議会の上下両院合同会議で行った演説で岸田首相はウクライナ情勢に関連して、北朝鮮によるロシアへの弾道ミサイル輸出によって「ウクライナの苦しみを増大させている」と直接的に述べた。

これは正しい情勢認識と筆者は評価する。しかし、ここまで言い切った岸田首相には、先述したように、ロシアのミサイル攻撃に苦しむウクライナが各国に求めているパトリオットの供与を日本も行う必要があることを率直に語ってほしい。

日本政府はすでに2023年12月、アメリカ企業のライセンスに基づき日本で生産するパトリオットの弾頭部分のみのアメリカへの提供を実施した。アメリカ経由でウクライナに渡る事実上の「間接供与」である。

日本政府による「間接供与」

直前に防衛装備品の輸出ルールを定めた防衛装備移転三原則と運用指針を改定したうえでのスピード実行だった。しかし大幅なルール緩和であるにもかかわらず、岸田首相は自民、公明両与党の実務者による密室協議で作業を進め、十分な国会論議も行わなかった。

岸田首相には、先述したように発射装置を含めてパトリオットの不足に苦しんでいるウクライナへの現状について国会できちんと説明し、そのうえで、攻撃兵器ではなく、住民を空爆から守る防御用兵器であるパトリオットの発射装置ごとの供与を実現するよう求めたい。

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