賃上げが行われてもシングルマザー世帯や年金生活のシングル女性などは、その恩恵にあずかっていない。なぜ女性はアンダークラスに陥りやすいのか(写真:Graphs/PIXTA)急激な物価高によって収入の低いアンダークラスの生活費は増大し、貧困に喘ぐ家庭が増えている。賃上げなども行われているが、日本の最下層ともいえるシングルマザー世帯や年金生活のシングル女性などは、その恩恵にあずかっていない。なぜ女性はアンダークラスに陥りやすいのか。「階級・格差」研究の第一人者である橋本健二教授が、その構造的な原因を解説する。※本記事は橋本健二著『女性の階級』(PHP新書)の内容を一部抜粋・再構成したものです。

フリーターへと導く5つの要因

フリーターという言葉が使われるようになったのは、1980年代の終わりごろからである。最初のころは、いくぶん軽く明るいニュアンスを伴って使われることもあったが、バブル経済の崩壊後、若者の就職難が深刻化してフリーターが激増を始めると、フリーターが格差拡大や若者の貧困と関連付けて論じられるようになった。

そして21世紀の最初のころから、どんな若者がフリーターになりやすいのかという問題について、多くの研究が行われてきた。そしてこれまで、次のような事実が明らかにされてきた。

⑴男性より女性の方がフリーターになりやすい。⑵大卒者より非大卒者の方がフリーターになりやすい。⑶出身階層が低い方がフリーターになりやすい。⑷卒業してから就職までに時間がかかると、フリーターになりやすい。⑸就職の際に学校の先生の紹介や学校推薦があると、フリーターになりにくい。

フリーターに決まった定義があるわけではないが、多くの場合は、既婚女性を除く34歳以下の非正規労働者と定義されている。要するに若年アンダークラスのことだから、これらの研究は、どのような若者がアンダークラスになりやすいのかを明らかにしようとしたものと考えてよい。

アンダークラスに陥りやすい女性とは

2022年三大都市圏調査データで初職時点でアンダークラスだった人の比率を男女別にみると、男性が9.0%、女性が13.2%、男女計で11.1%だった。したがって、先の⑴の結論は支持される。それでは、どのような女性がアンダークラスになりやすいのか。詳しくみていこう。

下の図表は、父親の学歴、15歳当時の家のくらしむき、本人の学歴、卒業から最初の就職までにかかった期間、就職の際に先生や学校からの紹介があったか否かを区別して、初職時点でアンダークラスだった女性の比率をみたものである。

父親の学歴とアンダークラス比率の間にははっきりした関係がなく、高校程度の場合がやや高くなっている。これは少し意外な結果だが、アンダークラスをシングルマザーとそれ以外に分けて分析すると、父親の学歴が低いとシングルマザーのアンダークラスになりやすいことが確認される。

15歳当時、つまり中学3年生当時のくらしむき別にみると、家が豊かだった場合と普通だった場合の間ではほぼ違いが認められないが、家が貧しかった人はアンダークラスになりやすいことがわかる。

中退者のアンダークラス比率の高さ

本人の学歴は、卒業した場合と中退した場合を区別しておいた。中学卒の人は明らかにアンダークラスになりやすく、高校卒以上の場合では、学歴が高いほどアンダークラスになりにくいことがわかる。しかしショッキングなのは、中退者のアンダークラス比率がきわめて高いことである。

高校を中退した人は、77.3%までがアンダークラスになっている。短大・高専・専門中退(63.5%)、大学中退(51.8%)と、中退した学校段階が高くなるとアンダークラス比率が低くなる傾向があるが、高校卒よりは学歴が「上位」であるはずの大学中退者でも、アンダークラス比率が半数を超えている。

卒業から就職までにかかった期間も、アンダークラス比率に大きく関係している。すぐに就職した場合はわずか7.6%だが、1カ月以上経ってから就職した場合には、アンダークラス比率が40%を超えている。「少ししてから」と「だいぶしてから」の間には、ほとんど違いがない。つまりすぐに就職できるか否かが、大きく影響するのである。

学校紹介の有無も、かなり影響が大きい。調査によると、回答者の38.3%が学校紹介を通じて就職しているが、学校紹介があった場合のアンダークラス比率はわずか2.1%である。学校紹介の効果は、とくに高卒者で大きい。高卒者の場合、学校紹介があった場合のアンダークラス比率はわずか1.3%なのに、なかった場合は41.8%である。

以上のように、これまでの研究で指摘されてきた要因は、いずれも初職時点でアンダークラスになるか否かに大きく関係していることが確かめられた。

多くの女性は離死別を機にアンダークラスへと流入してくる。そのようすをみたのが下の図表である。

主婦は危険と隣り合わせの危うい地位

結婚直前の所属階級をみると、半数以上の53.8%までが正規雇用(新中間階級または正規労働者階級)で働いており、非正規雇用だったのは21.2%、無職が22.7%だった。ところが結婚直後には、正規雇用で働いていた女性の大部分が退職して無職、つまり専業主婦となっている。

このため無職の比率は59.5%にまで跳ね上がる。非正規雇用で働いていた女性の多くは、そのまま働き続けてアンダークラスからパート主婦に移行したようだ。

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離死別1年前をみると、結婚直後より非正規雇用が増え、その分だけ無職が減っている。離死別までの間に、専業主婦からパート主婦になったのである。そして離死別後には、大きな転機が訪れる。無職は大幅に減って1割を少し上回る程度となる。大部分の女性たちが、生計を立てるため仕事に就いたことがわかる。正規雇用も4%ほど増えているが、大半は非正規雇用、つまりアンダークラスである。

無職の比率はその後も減り続け、離死別3年後にはわずか6.1%となる。多くの専業主婦が、離死別を機に非正規の仕事についてアンダークラスへと流入したこと、また多くのパート主婦が、離死別によってアンダークラスへと移行したことがよくわかる。

学校を卒業して社会に出た段階では、多くの女性たちが正規雇用の職をもっていた。ところが結婚すれば家に入るのが当然という通念にしたがって退職したことから、彼女たちは経済的自立の基盤を失った。もはや取り返しがつかないことだが、これが現在の彼女たちの窮状の、そもそもの背景なのである。

このように女性には、いったん専業主婦やパート主婦を経験したあとで、離死別を経てアンダークラスに流入するという、男性とは異なる流入のルートがある。結婚して主婦となり、何不足なく順調に女の人生を歩んでいると思われた女性が、アンダークラスに転落する。主婦という地位は、つねにそんな危険と隣り合わせなのである。

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