7月から、多くの自治体で、親が働いていなくても、子どもを保育園などに預けられる、『こども誰でも通園制度』の試験運用が始まった。生後6か月から2歳までの子どもを、月に10時間まで、保育園などに預けることができる新たな制度だ。こども家庭庁によると、「子どもにとって、保育の専門職がいる環境で、同じ年ごろの子どもたちと触れ合い、家庭とは異なる経験が得られる」というが…

「これ、“一時預かり”と何が違うのかなぁ・・・」

と首をひねるのは、大阪教育大学の小崎恭弘教授。保育士として12年勤務し、3人の男の子それぞれに合わせて育児休暇を取得。この経験をもとに「保育学」「児童福祉」「子育て支援」「父親支援」などを専門に研究・活動する“保育のスペシャリスト”だ。保育士への指導も積極的に行い、現場の状況も熟知している小崎先生に詳しく話を聞いた。

■保育園は「同じ子どもが、同じ場所に通うもの」

【大阪教育大学 小崎恭弘教授】
保育とは、毎日、同じ子どもが、同じ場所、同じクラス、同じ先生のもとに来るのが前提です。特定の子どもの毎日の生活の中で、その成長とか変化に気づいていく、そこを支えていくのが、保育という活動なのです。今の保育園は、保育士さんも、子どもたちも、親御さんも、それが前提となっています。

■「一時預かり」は親のため、「誰でも通園制度」は子どものためというが

こども家庭庁の中間報告には、「一時預かり」は親のための制度。「こども誰でも通園制度」は子どものための制度と書かれています。親のためとは、「親が用事を済ませたり、リフレッシュする」ということです。それに対して子どものためというのは「子どもの経験や体験を広げていきますよ」と。確かにとても大切なことです。しかし「では月10時間ってどうなのだろう…」と思います。1か月に10時間…4週で割ったとして、1週2.5時間。これ、子どものためと言われても、正直、ピンときません。

■慣らし保育はどうするのか?

具体的な話をしますと、保育では、初めての子どもを預かる時、「ならし保育」というものから始めます。最初は1時間とか、2時間とか、その子の様子を見ながら少しずつ時間を延ばし、「おやつを少し食べてみる」「お昼寝をしてみる」など、徐々に慣れさせていきます。その子のペースに合わせて、行きつ戻りつしながら、手間と時間をかけて慣れてもらうのです。最低1週間、できれば2週間ぐらいかけていきたいというのが保育士の気持ちです。子どもにとって、環境の変化は大きな負担なので、それを軽減するための大切で必要な取り組みです。

こども誰でも通園制度では、慣らし保育はどうするのでしょうか。1週あたり2.5時間だと、次の週はリセットされて、また一からの子もいるでしょう。試験運用が始まっている保育園で、子どもが泣くだけで終わってしまったケースがあったそうです。慣らし保育なしで受け入れたのかもしれません。これは果たして、子どもにとってプラスになるのでしょうか。

また、『一時預かり』の多くは、在園児とは別のスペースで保育をしていますが、『こども誰でも通園制度』では、在園児たちと一緒に保育をすることが想定されます。そうなると、通常保育の中で、毎週違う子が、1人、2人と、短い時間だけ来ることになります。在園児の中には落ち着かない子どもも出てくると思います。

■「待機児童が10分の1に減少」の背景にあるものは…

近年で一番、待機児童が多かったのは、平成29年(2017年)4月。2万6千人いました。それが令和5年(2023年)4月は2600人。わずか6年で10分の1に減少したのです。待機児童の問題は国を挙げての政策だったので、こうして成果が出たのは素晴らしいことです。大きなが課題が達成できました。

しかし、待機児童の減少というのは、すなわち「保育ニーズの低下」でもあります。出生数は8年連続で「過去最少」を更新し続けています。国立社会保障・人口問題研究所の予測では、想定より10年以上早く少子化が進行しているといいます。

実際、定員割れの保育園も出てきています。そして、ここに、「こども誰でも通園制度」がピタリとはまるように思えるのです。反対に言うと、待機児童がたくさんいる時には、こんな制度はできません。保育施設の管理運営の枠が空いている所をパズル的に埋めていく…そういう風にも見えてしまいます。

保育の管理運営の立場の方にとっては、待機児童の減少=保育人数の低下で、これから競争が始まってくる。子どもの奪い合いです。定員が割れてくる中で、「こども誰でも通園制度」をやらない選択肢がなくなってくるのではないでしょうか。

そうは言っても、現実は計算通りにはいきません。1人の保育士さんが面倒を見る子どもの数は、数字の上では減ってくるかもしれませんが、仮に6人が5人になったとして、数字上と同じだけ楽になるでしょうか。(計算上の)楽になった分量で、新たな子どもの受け入れができるでしょうか。ただでさえ保育の現場は忙しく、人手も足りていません。私は保育士研修で多くの保育士さんと関わる機会がありますが、この制度について「もろ手を挙げて賛成」という話はなかなか聞きません。保育士さんにしてみれば、「私たち、まだこんな大変なことをしなければいけないのでしょうか」というのが本音でしょう。

■保育所を活用するというより、まったく新しい仕組みを作る

(Q.未就園児をサポートするためには、どうすれば良いとお考えでしょうか?)

なんでもかんでも保育所、保育士頼みにするのではなく、もう少し違う形の子育て支援制度を充実させると良いと思います。

例えばですが、「子育て支援員」という資格が、平成27年にできました。保育士が国家資格なのに対し、子育て支援員は都道府県や市町村等から認定を受ける民間資格です。規定の研修を受けると、様々な保育施設に入って、保育士のサポートが出来ます。クラスを持って担任として働くことはありませんが、例えば、子どもたちとお散歩に行ったり、食事のお世話や排せつの介助をしたり、子育てに悩んでいる保護者の方へアドバイスをしたりすることができます。

そういった資格を持つ人を活かせるような、まったく新しい仕組みを作るぐらいの気構えが必要ではないでしょうか。

■結局、自治体ガチャ

「こども誰でも通園制度」の予算面は、「親が支払うお金」「園がもらえるお金」とも、自治体によって違いがあるようです。

この制度だけでなく、保育に関しては、様々な政策、制度で「自治体ガチャ」があります。例えば1歳児の配置基準(1人の保育士が面倒を見る子どもの人数)。国は1対6、横浜市は1対4、新潟県は1対3です。このように、自治体ごとに、かなりの差があるのです。

保育園の利用料だってそうです。道一本隔てた所で、片や無償、片や年間100万円を支払うというのも起こり得ることです。

結局は、自治体のやる気と予算の問題です。良い言い方をすれば、その自治体の独自性とか取り組みの良さと言えますが、では「そこにたまたま生まれた子どもの不平等感」はどうすればよいのでしょうか。引っ越したくてもできない状況だってあります。たまたま生まれた自治体の保育政策、制度の手厚さが全然違うことで、保育の質に差が出てくるのは、子どもにとっても、親にとっても大きなマイナスです。全ての子どもと親が、平等に手厚い保育を受けられるような制度作りを、今一度見直して頂きたいです。

(大阪教育大学・小崎恭弘教授)

確かに、各自治体の「こども誰でも通園制度」を見てみると、自治体によって受けられる内容が違う。例えば福岡市。利用時間が「1日あたり4時間以上8時間以内、月最大40時間まで」と、国の基準の4倍もの利用が可能だ。市の担当者によると、「1回あたりの利用時間が長い方が、子どもも保育士さんも環境に慣れやすく、負担が減ると考え、このようにしました」とのこと。国からの補助に加えて、福岡市でも予算を組んでいる。

確かに、子どもたちや保母さんがお互いに慣れるのに、2時間と8時間では全然違う。保護者にとっても、長時間、子どもを預かってもらえるなら、用事を済ませるだけでなく十分にリフレッシュもできるだろう。

これなら、こども家庭庁が言う所の「子どもにとって、保育の専門職がいる環境で、同じ年ごろのこどもたちと触れ合い、家庭とは異なる経験が得られる」が実現できるかもしれない。

【大阪教育大学 小崎恭弘教授】
子ども達や保護者のために、さまざまな保育の取り組みやメニューがあることは、その選択の幅を広げる意味においても良いことであると考えます。だからこそ、その制度設計や取り組みは、より丁寧で実用的なものであって欲しいと思います。

『こども誰でも通園制度』は、試験運用が始まったばかりです。今後、現場の状況をできる限り理解し、丁寧な議論をして、保育者、子ども、保護者にとって、有意義なものになることを願います。

(大阪教育大学・小崎恭弘教授)

関西テレビ 2024年7月20日 

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