中国で大ヒットを記録している『君たちはどう生きるか』(写真:CFoto/アフロ)

中国で4月3日に上映が始まった宮崎駿監督の映画『君たちはどう生きるか』の興行収入が5日間で5億元(約100億円)を突破し、日本の9カ月分の興行収入を超えた。

公開後5日間の出足は1年前に中国で公開され大ヒットした『THE FIRST SLAM DUNK(スラムダンク)』を上回る。上映前に情報をほとんど出さなかった日本では内容の難しさから動員が伸び悩んだが、中国では宣伝の手法を一変させ宮崎氏の「最後の作品」「ラストメッセージ」と強調することで、多くの人を映画館に向かわせている。

3連休に合わせて上映開始

『君たちはどう生きるか』は4月4日から始まる清明節(日本のお盆に相当)の3連休に合わせ、3日に公開された。

中国の映画興行データ分析アプリ「灯塔専業版」や「猫眼専業版」によると、同作品の4月4日のチケット販売額は約1億6500万元(約33億円)で、日本アニメ映画の新記録を打ち立てた。

景気低迷でレジャーの「安近短」志向を反映して、今年の清明節期間(4月4~6日)の映画興行収入が過去最高の約8億4100万元(約168億円)を記録する中、作品別トップの『君たちはどう生きるか』の興行収入は約3億9000万元(約78億円)に達し、全体の46.4%を占めた。2位は『ゴジラxコング 新たなる帝国』で約2億3700万元(約47億円)、3位は『カンフー・パンダ4』で約4830万元(約10億円)だった。

中国では2023年4月も『すずめの戸締まり』と『スラムダンク』の日本アニメ映画2作品が大ヒットし、いずれも日本作品の興行収入記録を塗り替えた。

『すずめの戸締まり』『スラムダンク』は日本での勢いが中国でも再現された。興行収入を比較すると、『すずめの戸締まり』は日本が147億9000万円、中国が8億元超(約160億円)。『スラムダンク』は日本が157億円、中国は6億5900万元(約132億円)だった。(過去記事:「スラムダンク」中国人がこんなにも熱狂する背景)

『君たちはどう生きるか』は様相が異なる。日本で2023年7月14日に公開された同作品は、4日間で興行収入が21億4000万円を突破し好調なスタートを切ったものの、興行通信社によると2024年4月7日現在で93億円と100億円に届いていない。

全体から見ればヒットしているし、「第96回アカデミー賞」の長編アニメーション映画部門賞を受賞した2024年3月中旬には再び話題となったが、「宮崎駿監督10年ぶりの新作」としては物足りない数字に見える。

中国人を引き付けている理由

伸び悩んでいる最大の理由は内容の難解さだと言われている。にもかかわらず中国では、公開後5日間の興行収入で、あれだけ話題になったスラムダンクをも上回っている。何が中国人をそれほど引き付けているのだろうか。

まず挙げられるのは、宮崎監督とスタジオジブリ作品の圧倒的なブランド力だろう。

近年は中国の映画市場の大きさが認識され、日本のアニメ映画の多くが続々と輸出されるようになった。『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』を手掛けた新海誠監督は新作公開前に毎回中国を訪れてファンと交流するなど、中国での宣伝に力を入れている。

一方、10年ほど前までは中国国内における外国映画上映本数の制限が厳しく、ジブリの映画はほとんど公開されなかった。中国で最初に上映されたジブリ作品は日本より4年遅れの1990年に上陸した『天空の城ラピュタ』だ。『となりのトトロ』は日本公開から30年後の2018年、『千と千尋の神隠し』は18年後の2019年に正式上映がかなった。

正規のルートでは上陸できなかったが、中国人の多くは2000年代からネットや海賊版を通じてジブリ作品に触れるようになり、宮崎監督のことをアニメ映画の礎を築いた第一人者と認知している。

新海監督のファン層は10代後半から20代のZ世代が中心だが、活動期間の長い宮崎監督はより広い世代に支持されている。

日本と異なる宣伝戦略も、『君たちはどう生きるか』の初速と評価に大きく関係している。

同作品は日本ではストーリーや出演者などの情報が公開までほぼ明かされず、宣伝もされなかった。映画館に足を運ばないと何もわからない異例の手法がかえってファンの興味を引き、出足こそ好調だったが、映画を見た人たちの多くが「難しい」「暗喩が多い」と戸惑った。過去の作品の足跡をちりばめながら、宮崎監督の人生観が色濃く反映されたストーリーは賛否両論だった。

中国ではアリババグループの映画事業会社アリババ・ピクチャーズ・グループら2社が中国での配給やプロモーションを担当し、しっかりとプロモーションを行った。

3月28日に上海で開かれた先行上映会にはジブリの鈴木敏夫プロデューサーと中国版の声優が登壇、鈴木氏は作品の主人公とアオサギが宮崎監督と自身のモデルだと明かし、会場を盛り上げた。

中国最大の映画レビューサイト豆瓣(douban)で『君たちはどう生きるか』は20万近いレビューがついており、平均スコアは10点満点の7.7と、ほかのジブリ作品に比べると明らかに低い。5つ星評価で3以下の低レビューの多くは中国で上映が始まる前に投稿されており、こちらは日本人同様に戸惑いが見られる。

「見終わった後、何を見たのか考え込んだ。風邪を引いたときに見る悪夢のよう。前半は何とか理解できたが、後半はうなされ続けた」

「日本人にも理解できないのに、どうして自分に理解できようか。絵は美しかった」

一方、「戦争やオイルショックを経験して、まだ創作活動をしている監督を尊敬してやまない」と言ったように、作品の内容には触れず、宮崎監督を称える投稿も少なくない。

「宮崎監督の別れの一作」を前面的に出す

それが、中国での上映後に投稿されたレビューは、暗喩の多さや難解さを受け入れ、自分なりに解釈しようと作品に「寄り添う」ものが増えている。

「難解」との前情報が出回っていることと、アカデミー賞の長編アニメーション賞を受賞して箔が付いたこともあるだろうが、「映画に人生をささげた宮崎監督の別れの一作」を前面に出したプロモーションが、観客に心の準備をさせ、作品受容度を高めているのは間違いない。

日本では「10年ぶりの新作」として話題を呼んだ『君たちはどう生きるか』は、中国では83歳の宮崎監督の「最後の作品」と思わせる演出が強調され、ポスターには「告別之作」と記されている。

告別之作(別れの作品)と書かれた、中国版のポスター(写真:CFoto/アフロ)

「宮崎監督からのラストメッセージを、しっかりと受け止めなければ」との思いに駆り立てられ、多くの人が映画館に足を運んでいるのだ。

もちろん、公開後5日間で興行収入が100億円を超えたのは、3連休に当ててきたことを抜きには語れない。今後は日本と同じように勢いが鈍る可能性も十分にある。

日本アニメ公開が続々控える

そうだとしても、日本のアニメ映画にとって追い風となったのは間違いない。5月1日から始まる労働節(メーデー)の5連休に合わせて、中国では話題作が次々に封切られる。その中には『ハウルの動く城』『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』と、日本アニメ2作品が含まれる。

2004年に日本で公開されたジブリ作品『ハウルの動く城』は豆瓣で100万を超えるレビューが投稿され、平均スコアは9.1と極めて高い。『君たちはどう生きるか』が難しくて消化不良だったとしても、中国人には宮崎駿アニメの王道を行く次の作品が用意されているのだ。
 

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