完全ネット予約のクリニックで、直接来院したお年寄りが診察を断られるのを見たとの情報が医療班に寄せられた。IT社会についていけないデジタル難民が問題になっているが、命に直結する医療の世界では難民を誰一人取り残してはいけないはず。どうなっているのか調べてみた。 (大森雅弥)  愛知県内の50代の男性は2月、久しぶりに近所のクリニックを訪れたが、受付で「昨夏から完全ネット予約制になり、今日はもう予約でいっぱい」と言われた。そこへ高齢の男性も来院。少し熱がありそうで「調子が悪いので何とかならないか」と頼んだが「お帰りください」と断られてしまった-。医療班には、ほかにも同様の投稿が寄せられている。  医師法19条にはこうある。「診療に従事する医師は、診察治療の求(もとめ)があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」。「応召義務」と呼ばれる規定だ。  今回のケースは同義務違反ではないのだろうか。厚生労働省医政局医事課にぶつけると「緊急対応が必要などの場合を除けば、後日予約して再訪することが可能なので、ただちに違反とは言えない」とのコメントが返ってきた。  患者中心の開かれた医療を目指す認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長の山口育子さん(58)にも聞いた。結論からいうと、違反には当たらないという。  2019年、厚労省は応召義務に関する従来の解釈を整理し、決定版となる医政局長通知を出した。ポイントは、応召義務は、患者に対する義務ではなく、国に対する公法上の義務としたことだ。つまり、患者がどんな場合でも診療を迫るのは難しいことになる。  また、診療を拒否できる「正当な事由」についても定義した。最も重要なのは緊急対応が必要かどうか。医師の働き方改革の観点から診療・勤務時間内かどうかという点や患者と医師の信頼関係の有無も挙げた。  今回の場合、診療時間内ではあるが、緊急対応が必要だとまでは言えないだろう。山口さんは「応召義務は、助けを求める患者がいれば助けるんだという医師の矜持(きょうじ)を示すもの。しかし、それが医師に過重労働を強い、迷惑行為にさらすことにもなった。患者と医師が良い信頼関係を築くために、患者も現状を知ってほしい」と言う。  冒頭のクリニックに取材したところ、コロナ下で発熱外来を設けたら、電話が殺到してつながらなくなり、ネット予約制を導入したという。「発熱外来は一般外来と時間と空間も分けており、いきなり来られても断るしかないとご理解いただきたい。また、受付の職員は業務が多忙で、患者の代わりにネット予約をするのは難しい」とのことだった。  今回のクリニックの対応が法律的には問題ないことは分かった。確かに、患者も時代に対応しないといけないかもしれない。スマートフォンが使えない高齢者は約2千万人というが、高齢者に操作方法を教える講座も各地で開かれている。  それでも、何かすっきりしない。寂しく帰っていったお年寄りのことを思うと胸が痛むのだ。医療経済・政策学の泰斗で元日本福祉大学長の二木立さん(76)に聞いてみた。  「これは重大な問題。米国の未来学者ネイスビッツが言うように、ハイテクになればなるほど人間的な対応、つまりハイタッチが必要とされる。この共存がなければ新技術は浸透しない。デジタル化が進む医療でも、ますます対人サービスが重要となるだろう」。一人も取りこぼさない医療の在り方を考えたい。

◆ご意見やご感想をお寄せください。

 住所・氏名・年齢・職業・電話番号を明記し〒100 8525 東京新聞生活班へ。 ファクス03(3595)6931、seikatut@tokyo‐np.co.jp


鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。