年のせいか、体のあちこちに不調を感じることが増えてきた。年明け、右肩に痛みがあり腕が上がらなくなった。整形外科でX線写真と超音波による画像診断を受けると「いわゆる五十肩ですね」とあっさり告げられた。

 250年前。江戸時代の中期、安永3(1774)年。オランダの医学書「ターヘル・アナトミア」を蘭学者の前野良沢、杉田玄白らが翻訳し、完成させたのが「解体新書」。日本の医学の近代化の扉を開いた書物だ。モニターに映る画像を眺めながら、歴史に思いをはせて、心の中で蘭学者らに感謝した。

 3月27日付のくらし面に掲載された「篤志献体制度」の記事のために、昨年末から北海道大学で取材をさせていただいた。遺体を使って人体の仕組みを学ぶ解剖学実習は、体の中を正確に捉えようとした江戸時代の「解体新書」から連なり、医師や歯科医師をはじめとする医療従事者の養成には欠かせない基礎分野の学問領域だ。

 さらに近年、医療が高度化し、難しい手術をより安全に実施するのに、新たな術式や医療機器の開発も必要になっている。そのため、学会が定めるガイドラインに沿って「CST」(カダバー・サージカル・トレーニング=遺体を使った外科手術の手技訓練)を行う大学が増えている。CSTに参加する医師らは「より良い医療を患者のために」「厳しい状態で運ばれてきても、何としてでも命を救いたい」との思いから、自らの手術レベルを向上させるために平日の夜や土曜、日曜などを充てている。

 そんな思いを支えるのが大学技術職員だ。高い専門性と倫理観が求められ、遺体引き取りや処置、遺骨返還まで、裏方の地道な仕事があってこそなのだが、前代未聞の不祥事が2022年に島根大医学部で起きた。献体された50遺体が、防腐処置が不十分なまま放置されたのだ。大学の運営交付金などの削減でスタッフが慢性的に不足。ほかの大学でも遺体の取り違えや、遺骨の返還ミスが相次ぐ状況に、関係者は先行きを懸念している。

 医師の働き方改革でも同じだが、日本の質の高い医療は、現場の熱い思いだけでは成り立たないことを、国民全体で共有する必要があると感じた。

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