元日に発生した能登半島地震で被災し、営業を休止していた新潟市西区の韓国料理店が5月に移転オープンしました。一時は店を閉めることも考えた店主の背中を押したのは、お客さんの存在だったそうです。

移転オープンを翌日に控えた4月30日、韓国料理店『コッテジ』の丁倉元(チョン・チャンウォン)店長は、スープを冷凍させたり、料理の出し方をイメージしたり…、およそ4か月ぶりの営業準備に追われていました。

「最近寝られない。寝てるけど、ちょっとプレッシャーですよね。頭痛があったりね。オープンってこんなもんだっけという…。心的にすごく疲れますね」

韓国出身の丁さんはかつて、新潟の印象についてこう話していました。

「新潟、最初は付き合いにくいかもしれないと思ったけど、一度付き合って親しくなったり常連さんになると、すごくいいんですよお付き合いが。すごく心が温かい(2019年取材)」

人気メニューの一つが石焼きチーズタッカルビだという丁さんのお店『コッテジ』は、もともと西区大野にありました。
「末永くお店を続けたい」と話していたのですが…

2024年元日に発生した能登半島地震で、店の周辺には液状化現象が発生し駐車場が隆起。建物も被害を受けて水道は使えなくなり、以来営業を休止していたのです。

新潟市西区に韓国料理店をオープンしてから10年目の節目を過ぎ、11年目から新しいことにチャレンジしようとしていた矢先の能登半島地震でした。

丁さんは、店を続けるかどうか葛藤したそうです。

「どうしようかな、普通に他の仕事しようかな、新潟から出ようかな…と、被災後にいろいろ考えちゃったんです」

そんな店長の背中を押したのは、お客さんからのメッセージでした。

「また再開するまで頑張って下さいというメールがきたから、あれでちょっと励まされたかもしれないですね」

待ってくれているお客さんのために、同じ新潟市の西区で“新たなスタート”を切ることを決めたのです。

震災後に受け取ったメールに励まされ、韓国料理店・コッテジの再開を決めた丁倉元店長の前に、資金の問題が立ちはだかりました。

「やっぱりまず一番何が問題かというと、売り上げがないからお金がない。これどうしようと思って…」

コッテジのような小規模事業者向けの支援制度として、新潟県からの『なりわい再建支援補助金』などがありますが、この支援の対象は自身が所有する施設や設備に限られています。丁さんの被災した店は住宅兼店舗として借りていたものでした。この場合、建物を直すにあたって貸主との話し合いなども必要となり、時間がかかると感じたそうです。

「もちろん家族の支えもあったし、家族もいろいろアルバイトもしてくれた。常連さんがさりげなく言っている『頑張らなくていいから、今のうち休んでよ』という言葉はすごく励みになりましたね」

最終的にコッテジは、被災した事業者に向けた日本政策金融公庫の特別融資を受け、移転の資金をまかなうことができました。

新潟市西区大野で被災した韓国料理店『コッテジ』店長の丁倉元さん。
新たな店の移転先として、前の店舗から270mほどしか離れていない、新潟大学の正門前を選びました。

オープン前日に丁さんを訪ねてきた10年来の付き合いだという業者も「本当に嬉しかったです。こうなるとは思っていたんですけど、すごく心配だったんですけど、本当に嬉しいです。お客様みんなそう思っていると思います」と、声を弾ませています。

そして4か月ぶりの営業となる移転オープン当日、丁店長自身にも気合が入ります。

「いや、頑張るしかないなと思いますね。今日は本当に、無事に何もなく終わればいいと思います」

移転オープンからほどなく、コッテジの味を待っていたお客さんたちが、新しいお店をほぼ満席にしていました。

「やっと食べられたなって。味つけとかってお店によって全然違うんですけど、コッテジのを食べたかった
「地震の影響で閉店して残念な気持ちはあったんですけど、大学の近くに移転して前よりももっと便利になって、1週間に3回でも訪れようかなと考えております」

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