パリパラリンピックで銀メダルを獲得した高知市出身の鬼谷慶子(おにだに・けいこ)選手が母校の小学校を訪れ交流しました。
児童たちの校歌で迎えられた、鬼谷慶子選手。
パラリンピックで銀メダルを獲得後、“18年ぶり”に、母校の昭和小学校に凱旋しました。小学校時代は「地域住民との火起こし体験」といったイベントが思い出に残っているという鬼谷選手。難病を患った自らの体験を語りながら、子どもたちに“こんな言葉”を贈りました。
(鬼谷慶子 選手)
「『助けを求めることができる』のも、『生きる力』の1つ。病気になった時、食事や着替えなど、起きてから寝るまで(誰かの)手を借りる状態で、『自分は何のためにいるんだろうと思っていました。しかし、この間に主治医がかけてくれた言葉や、教えてくれたことで、今の自分があると思っている」
偉業を成し遂げた“大先輩”の言葉に耳を傾けた子どもたちは。
(児童)
「1つの夢を諦めても、また違う夢に向かって走ることが大切だとわかりました」「『努力』は大事だし、『諦めない心』が大事だと思いました」
(鬼谷慶子 選手)
「元気で明るい昭和小学校のみなさんで、私自身がパワーを貰いました。話した後に興味を持ってたくさん質問してくれたことがすごく印象的で、パラスポーツに対しても注目してもらえて、すごくうれしいと感じています」
最後に、5・6年時の担任だった初月小学校の小川晶子(おがわ・あきこ)校長や当時の先生らに囲まれた鬼谷選手。“最高の恩返し”を果たしました。
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