一度洗ったユニホームに水をたっぷりかけ、専用のナイロンブラシに洗剤をつけてこすっていく。「砂汚れは、ただ洗っても溶けへん。かき出す感じで」
力が弱いと汚れは落ちないが、強すぎればユニホームが破れる。繊維方向に沿って5分ほど、絶妙な力加減でブラシを動かす。
壁下陽一さん(43)は、普段は「街のクリーニング屋さん」。春夏の甲子園期間中だけ、出場する高校野球チームのユニホーム洗濯を請け負っている。この春は7校を担当した。「毎日120人分くらい。のべ2500人分は洗ったと思う」
始めたきっかけは2013年の夏、長野・上田西高を担当する旅行会社からの依頼だった。クリーニング店が同校の宿舎から近かったことで、白羽の矢が立った。「8月はTシャツで過ごす人も多く、閑散期。他の仕事をする余裕がある」と快諾した。
「しんどいけど、面白い」とはまり、毎年、郵送で出場校に案内を送るようになった。昨夏の全国選手権ではこれまでで最多の17校から依頼を受けた。さすがに1人では回らず、知人の店にも頼った。
担当した学校は、のべ112校
甲子園期間中の一日は長い。
各校の練習が終わる午後6時ごろから、ユニホームの回収を始める。1度に2、3校の宿舎を回り、大阪府羽曳野市の店まで車で運ぶ。それを何度も繰り返し、その間にスタッフが洗濯機を回す。
最後の集荷が終わって店に戻るのは午後9時ごろ。洗濯機で洗い終わったユニホームに残った汚れを、手作業で落としていく。「ひざやお尻の部分はスライディングで特に汚れる。ブラシで落とした後、もう一度洗濯機に入れます」
作業が一段落した頃には日付が変わっていることも。翌朝は7時から通常のクリーニング業務をこなしつつ、ユニホームを乾燥機へ。昼過ぎに宿舎へ納品し、夕方にはまた回収作業が始まる。春は約2週間半、夏は約3週間、こうした日々が繰り返される。
今年で12年目。野球部顧問の口コミなどで広がり、これまで担当した学校は北は青森から南は鹿児島まで、のべ112校に及ぶ。
宿舎で出会う球児との交流も楽しみの一つだ。
22年の夏、香川・高松商高の宿舎で、ある選手とすれ違った。その選手は通路を空けてくれただけでなく、立ち止まり、さらに半歩下がって一礼した。「ずいぶん礼儀正しいな」と思った。
当時主将だった浅野翔吾選手で、その秋のドラフト1位で巨人に指名されたことを、後に知った。
荷物の運搬や整理を手伝ってくれる選手もいる。試合に負けた高校のユニホームを受け取りに行った際、「春と夏、長い間ありがとうございました」と直接お礼を言われたこともあった。
「出会う選手の言動から気づかされることは多い。自分を省みる機会をもらっている」
年2回の特別な時間は、心の洗濯にもなっている。(大坂尚子)
喜びのお裾分け
昨春は山梨学院高、昨夏は神奈川・慶応高、今春は群馬・健大高崎高と3季連続で担当した学校が甲子園で優勝した。慶応高の選手の保護者が知り合いだった縁もあり、メダルを見せてもらった。優勝の喜びをお裾分けしてもらったような気がして、「うれしくなった」という。
ユニホームを洗った高校球児のその後が気になり、プライベートで地方大会や大学野球にも足を運ぶようになった。「自分のことを覚えてくれている選手も多い」といい、それも活力になっている。
かべした・よういち 1980年、大阪府生まれ。大学卒業後、1年間のクリーニング店勤務を経て父が営む「壁下洗濯店」に就職。2004年9月から社長。ユニホームの洗濯のコツをSNSで発信している。
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