<スポーツ×テクノロジー>  アスリートなら誰もが「自分にぴったりの強化策」を知りたいに違いない。同じトレーニングをしても得られる効果には個人差があるからだ。その一因は「遺伝的な特性にある」との考えに基づき、一人一人に合ったトレーニングの「最適解」を見つける試みが始まっている。(高橋淳)

◆短距離と長距離、どっち向き? 解析で傾向が分かる

 「運動能力、外傷・障害と遺伝子に関連があることは世界中の研究で明らかになっている」。順天堂大大学院の福典之教授(スポーツ遺伝学)は話す。  よく知られた研究に、2007年に欧州で2000組の双子を対象に行われたものがある。この研究では、パフォーマンスの66%が遺伝で決まるという結論が出た。残りの30%余りがトレーニングなど後天的な要因で決まる。このほか、外傷・障害に関連して関節の柔軟性が50%、骨密度は50~85%が遺伝するという研究報告もあるという。

「パフォーマンスの66%は遺伝で決まるという研究結果がある」と話す順大大学院の福教授=千葉県印西市で

 陸上競技を究めるなら短距離と長距離のどちらが向いているか。筋損傷のリスクが高い体質かどうか。こうしたことも、遺伝子を解析すれば遺伝的傾向が調べられる。

◆唾液から遺伝子を解析、結果とアドバイスを伝達

 試みは、順大とNTTグループが「共同研究」という形で進めている。遺伝子解析で判明した個々の特性を踏まえて強化すれば、けがを予防しながら最大限の効果が得られると証明するのが狙いだ。  1年目の23年度は、アスリートの遺伝情報を集めるところから始めた。グループの一員であるラグビーリーグワン2部の浦安と、サッカー女子WEリーグの大宮の計60選手から唾液を提供してもらい、遺伝子検査を手がけるNTTライフサイエンスと順大が解析した。

報告書を受け取る浦安の選手=千葉県浦安市で

 「筋線維」「瞬発力」「疲労骨折」「脳振とうからの回復能力」「エネルギー摂取」など9項目について、それぞれ三つのタイプに振り分けた。「筋線維」なら、筋肉を構成する線維の割合が、瞬発的に力を出せる一方で持続性に劣る「速筋」が多いか、逆の性質を持つ「遅筋」が多いか、あるいは中間のタイプか。「疲労骨折」ではリスクが高いか低いか中間かを調べた。  選手には結果だけでなくアドバイスを加え、報告書にまとめて伝えた。疲労骨折のリスクが高いタイプには「カルシウムやビタミンの摂取、日光浴、骨に刺激が加わる運動」などを勧めた。

◆「引き出しが増える」と好意的な反応も

 浦安の選手には2月にクラブハウスで報告書を手渡した。34歳のフッカー三浦嶺(りょう)は「筋線維」「瞬発力」で中間タイプという結果だった。ベテランの域に達しているが、遺伝子検査は初めての経験。今回の試みを「競技に対し、経験則だけではない新しいアプローチができるのは面白い。引き出しが増えるのではないか」と好意的に受け止めた。

遺伝子検査結果のレポートを受け取る浦安の三浦嶺(右)

 24年度は遺伝情報に加え、試合や練習での運動量、健康診断の結果、生活習慣などの情報を組み合わせ、一人一人に推奨される練習メニューを考案。一定期間実践した後の効果を検証する。他競技のチームの参画も募る。  スポーツの世界では、新しいチームや指導者の下で、別人のように活躍する選手がいる。福教授は「ミスマッチを防ぎ、個々のアスリートのパフォーマンスを最大化できる方法を開発できれば」と展望する。   ◇

◆遺伝と運動能力の関係…どこまで分かっている?

 運動能力と遺伝についてどんなことが分かっているのか、福教授に聞いた。  —運動能力は遺伝の影響をどれくらい受けるのか。

浦安の選手に返された遺伝子検査結果のレポート

 「パフォーマンスに関しては66%が遺伝によって決まると、2007年の双子の研究で報告されている。ただしこれは平均値で、競技によって異なる。身長の遺伝率はだいたい9割なので、身長が求められるバスケットボールなら遺伝率は高くなるのではないか」  —運動能力に関係している遺伝子の数は。  「ヒトの遺伝子はだいたい2万5000ある。このうち世界の研究者がパフォーマンスに関連していると報告した遺伝子は250ほどだ」  —代表例は。  「速筋の構造をつかさどる『α(アルファ)アクチニン3』という遺伝子がある。RR型とRX型、XX型の3種類あり、RRとRXを有する人は速筋の割合が多く、スピード・パワー系に優れる。XXは遅筋が多く、持久力に優れる」  「人はいずれか一つの型を持っている。日本人はRXが5割を占め、XXが3割、RRが2割。アフリカ系の人はXXが少ない。両親がRXなら、子どもは三つの型のいずれも可能性がある。両親が優れた陸上の短距離選手だったとしても、子どもがXXなら、スプリンターとしては大成しない可能性がある」

◆陸上短距離で強いジャマイカ…調べてみたら

 —陸上の短距離ではジャマイカが強い。  「マウスを使った実験で、運動によって加わる力を腱(けん)で感知する『ピエゾ1』と呼ばれるたんぱく質の働きを強めたら、跳躍力や走力が増した。ジャマイカの陸上選手は、ピエゾ1の働きが強まる遺伝子変異の保有率が高いことが分かった」  —遺伝情報をスポーツの現場で活用するメリットは。

「パフォーマンスの66%は遺伝で決まるという研究結果がある」と話す順大大学院の福教授

 「効率的なトレーニングを行える可能性があるだけでなく、外傷・障害の予防や栄養摂取の面でも役立つ。究極的には適性競技や種目を知ることができる。αアクチニン3で言えば、遅筋が多いXXならどんなにトレーニングしても、陸上男子100メートルで10秒4が限界というデータがある。この記録ではオリンピアンにはなれない。自分に適性のある競技を選べるという時代になりつつある」  —努力を重ねて打ち込んできた競技が、遺伝情報を調べたら不向きだったというケースが出てくるかもしれない。遺伝情報の扱いが難しい。  「適性を知って転向を考えるのも、継続してオリンピアンになって歴史をつくりたいと思うのも、本人の意志。運動能力の全てが遺伝で決まるわけではない。ただ、努力の中にも『質の高い努力』というのはある」  —トップ選手でなくても遺伝情報は活用できるか。  「筋肉の特性は健康に関わる。例えば、加齢による筋肉の萎縮は速筋の多い人の方が進みやすいと考えられる。こうした情報は人々の健康づくりにも役立つ」


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