家族が願う新たな夢が膨らみました。ラグビー日本代表の李承信(リ・スンシン)選手(23)=コベルコ神戸スティーラーズ=が毎日新聞で不定期連載中のコラム「自分は自分 ラグビー李承信、ジャパンの10番へ」。兄の承爀(スンヒョ、25)=三菱重工相模原ダイナボアーズ=が日本代表デビューを果たした思いを語りました。
デビューはイングランド戦
うれしい出来事がありました。日本代表の11月の欧州遠征で兄の承爀が緊急招集され、現地での代表合宿に合流しました。自分はけがの影響で遠征には同行できなかったので、遠くから活躍を願っていました。
まさかの展開が続きました。最終戦のイングランド戦で控え選手として登録メンバー入り。それだけでなく、直前に先発予定だった選手にコンディション不良があり、フッカーとして先発出場に繰り上がりました。代表デビューはラグビー発祥地の強豪・イングランド戦で、初キャップの会場は聖地・トゥイッケナム競技場です。すごいとしか言いようがないですね。自分の時は苦しい合宿を乗り越えた先の初キャップでした。兄はすんなりデビューしたのでうらやましいです(笑い)。
日本から生中継で見守りました。兄の映像を見て「これは本当に代表戦なのか」とちょっと変な感覚でした……。大きな相手に対し、体を張り、よく戦ったと思います。
兄は弟の自分が先に代表入りし、劣等感を感じていたと思います。自分は兄からラグビーを教わり、競技を始めました。幼稚園の頃から一緒にボールに触れ、キックも教えてくれました。それから、ずっと切磋琢磨(せっさたくま)してきた仲だからこそ、すごくうれしかったですね。
責任分かち合える
兄は代表合流時、他のメンバーとは打ち解けていない感じがあったのですが、最終的には絆が深まり、とても素晴らしい時間を過ごすことができたようです。帰国後には「お前が言ってたように、代表がどれだけしんどい場所なのかがわかった」と語っていました。代表は責任が重く、非現実的な空間。同じラグビー選手として、兄弟としてそれを分かち合うことができるようになったことはうれしいです。
代表キャップを得ることは選手としての自信につながります。兄は今季、大きな決断をしました。初の移籍を経験し、新たな環境で勝負します。ただ、どんな場所でも妥協せずに努力できる人なので自分も負けないように一緒に頑張りたいです。リーグ戦で対戦する機会もあるでしょう。
次の代表活動では一緒に桜のジャージーを着てグラウンドに立てるようにシーズンで互いにアピールしたいですね。その日が来れば、父や亡くなった母が本当に喜んでくれると思います。
李承信
2001年1月生まれ、神戸市出身。ポジションは主に司令塔のスタンドオフ(SO)やセンター(CTB)、フルバック(FB)を担う。神戸朝鮮初中級学校から大阪朝鮮高に進み、3年時に全国高校大会(花園)に出場。高校日本代表、ジュニア・ジャパンなど世代別の代表活動で主将を務めた。ニュージーランド留学を希望し、帝京大を2年時に中退。20年秋、神戸製鋼コベルコスティーラーズ(現コベルコ神戸スティーラーズ)に加入した。正確なパスやキック、スピードあるランを武器に22年6月に日本代表デビューし、23年のワールドカップ(W杯)フランス大会に出場した。176センチ、86キロ。
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