嬬恋村の副村長に就任した黒岩彰さん=嬬恋村で2024年4月22日午後3時17分、田中綾乃撮影

 黒岩彰さん(62)は4月に出身地である群馬県嬬恋村の副村長に就任した。スピードスケートの選手として1988年のカルガリー五輪で銅メダルに輝き、引退後はプロ野球球団代表やスケート指導者として豊富な経験を積んだ。地方行政に関わるのは初めてだが、高校卒業以来約45年ぶりに戻ってきた古里への恩返しの好機として、新たな挑戦に胸を躍らせている。

嬬恋村役場=嬬恋村で2024年4月23日午前11時33分、田中綾乃撮影

 熊川栄村長から副村長の打診を受けたのは今年1月下旬。だが、それ以前から熊川村長とは縁があった。富士急行スケート部監督を務め山梨県にいた約10年前、親しくなった同県内の村長が熊川村長と旧知だったため、知り合った。村を訪れた際は役場へあいさつに行ったり、コーチを務めていた日本オリンピック委員会(JOC)ナショナルチームが村で練習した際に熊川村長が訪ねたりと交流を深めるうち「嬬恋を手伝ってほしい」と言われるようになっていた。ただ副村長としての起用は想定外で「スポーツや文化のアドバイザーやアンバサダーみたいなものを想像していた。本当に俺でいいのか。今までにないぐらい苦労するだろう」と戸惑いも大きかったという。3月5日の村議会で正式に決まった。

 熊川村長と役場をつなぐのが副村長の役目だと考えている。プロ野球・西武の球団代表や専大、富士急スケート部の監督など人を引っ張る立場には熟練しているが、副村長として村長を支える立場に回る。

スピードスケート男子500メートルで銅メダルを獲得した黒岩彰さん=カナダ・カルガリーで1988年2月、高橋道男撮影

 目指すのは「明るく風通しの良い役場」だ。特に村民に寄り添った温かい役場を意識する。3月、東京都内の役所で引っ越しの手続きで戸惑った際、臨機応変に分かりやすく対応してくれた職員に感動したという。「役場ってみんな緊張するし、何をすればいいのかも分からない。職員が丁寧に接して、『役場ってそんなにおっかなくないんだ』と村民が思うようにしていきたい」と話す。新しい職場では率先して村民に「こんにちは」と声をかけている。そしていずれは、スポーツを見る・やるだけでなく、村民の医療や福祉、観光に生かすことも政策として視野に入れている。

 任期は4月1日からの4年間だ。「スケート、プロ野球…とずっと矛先が嬬恋に向いていなかったが、今やっと恩返しするチャンスをもらった。村民が健康で、村で生きていることが楽しいと思える村にしていきたい」と意気込む。【田中綾乃】

くろいわ・あきら

嬬恋村の副村長に就任した黒岩彰さん=嬬恋村で2024年4月22日午後3時25分、田中綾乃撮影

 1961年、群馬県嬬恋村生まれ。県立嬬恋高、専大を経て、現在の西武グループの源流である国土計画(のちにコクド)に入社。全日本スプリントスピードスケート選手権を4回制覇し、世界スプリント選手権でも2度優勝。88年カルガリー五輪500メートルで銅メダル。

 88年の引退後は専大スケート部や富士急行の監督、ソチ五輪コーチなどを務める。プロ野球・西武ライオンズで運営部長や球団代表などを歴任した。

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