<取材ノート>  見通しのいい上り坂の先に壁があった。分厚く、越えられないほどの高い壁が。

◆初土俵から5場所で駆け上がったが…

 大相撲秋場所を新入幕で迎えたモンゴル出身の24歳、阿武剋(おうのかつ=阿武松部屋)。幕下15枚目格付け出しでの初土俵から5場所で駆け上がって昇進を決め、いざ挑んだ舞台で7勝8敗に終わった。「情けない結果…」。ざんばら髪を卒業し、ちょんまげを結って臨んだ点でも記念の場所で初の負け越しを味わった。

7月の名古屋場所では、まげがまだ結えていなかった阿武剋=ドルフィンズアリーナで

 「座布団ぐらいかな」。場所が始まったころ、同じ関取の十両との比較を聞かれ、そう答えた。違いは幕内のみに許される土俵下の控えでの専用座布団だけ、という意味。語る表情は穏やかだった。  それが4敗目を喫した5日目の取組後、「迷うようになった」と吐露。4勝7敗と崖っぷちだった12日目、母国の大先輩である39歳の玉鷲に防戦一方で押し出された。「地力負けです」。前日まではまだあった笑顔すら失った。  立ち合いの圧力負けに苦しんだ。自分の形にするため十両ではつかめた、まわしが遠い。実力差を痛感した。

◆十両2場所目の名古屋場所で勝ち越し、幕内に

 相撲留学で高校から来日。日体大4年時の全国大会では、同学年の大の里を倒し学生横綱に輝いた。華々しい経歴にふさわしく、十両2場所目だった7月の名古屋場所も勝ち越して幕内昇進を決めた。  秋場所前の夏巡業。けがによる不参加が多く、番付発表前で十両ながら初めてお呼びがかかった。8月3日に出発し23日間で17カ所を回る日程。7時間半に及ぶバス移動もあり「きつい。ほぼ休みなし」。そう苦笑しつつ「幕内なら当たり前。少し早まっただけ」。迷いのない前向きな発言に、高揚感をにじませた。

◆意地見せて3連勝、踏みとどまる

 心待ちにした幕内でまさかの壁にぶち当たった。けれど、意地も見せた。負け越し翌日の13日目から3連勝。まわしをすぐ取れなくても逆襲した。一つ負ければ十両転落もある状況で残留を確実にし、「一番の大事さが分かった」と締まった顔で実感を込めた。

秋場所13日目、押し出しで玉正鳳(手前)を破った阿武剋。この一番から3連勝した=両国国技館で

 破竹の躍進に反比例し、1勝の価値が希薄になっていたのかもしれない。ただ、その重みを体感できたのは感じられる地位に上がったからこそ。番付という山の頂へは、経験が何よりの糧になる。  10月1日から秋巡業が始まり、そのまま九州場所へ乗り込む。2度目の過酷な日々での目標は明確だ。「立ち合いの一発で前まわしを引きたい」。下を向く暇はない。高い壁をよじ登り、向こう側の景色を見たいから。(対比地貴浩) 

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