投手陣の状態を確認しながら練習に向かう倉野信次コーチ=みずほペイペイドーム福岡で2024年7月5日午後、林大樹撮影

 プロ野球のパ・リーグで、4年ぶりのリーグ優勝を果たしたソフトバンク。その復活の要因の一つに投手陣の再建があった。統括役は球団OBでもある倉野信次投手コーチ。大所帯を束ねる指導法は「聞かせ上手」になることにある。

 優勝へのマジックナンバーを「1」として23日、京セラドーム大阪でオリックスを破り、優勝に花を添えてから約1時間半後。大阪市内の宿舎で記者会見に臨んだソフトバンクの小久保裕紀監督は、こう口を開いた。

 「今日だけは楽しもうと思ったんですけど。倉野コーチが部屋に来て、次のミーティングに入ったので……」

 普段はベンチで厳しい表情の倉野コーチも、さすがに優勝の瞬間は笑顔がはじけた。しかし、その余韻に浸ることなく、ビールかけも待たずに今後に備える。今季「どんなに勝っている場面で投げていても常に最悪のことを考えます。それが日常です」と口にしてきた倉野コーチらしさが出た一幕だった。

 50歳の倉野コーチは、1997年にドラフト4位でダイエー(現ソフトバンク)に入団。2007年に引退するまで、プロ通算は登板164試合で19勝9敗1セーブ2ホールド。登板数の多さが示すように主に中継ぎとして活躍した。

 だが、04年には現在のクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージに当たるプレーオフ第2ステージの西武戦の第4戦に先発して6回無失点の好投で勝ち投手に。ここ一番では先発も任される存在だった。

 引退後は09年、ソフトバンク2軍投手コーチ補佐に就任。11年には3軍投手コーチとなり、育成選手で入団してきた千賀滉大投手(米大リーグ・メッツ)らを育てた。21年まで在籍後、22年からは米大リーグ・レンジャーズへ2年間コーチ留学。今季からは投手コーチ兼ヘッドコーディネーターに。コーディネーターは1~4軍の投手約70人を統括するために新設された。

 その倉野コーチが指導で心がけているのは、「タイミングを逃さない」「課題が分からないまま家に帰さない」という点だ。そのためには選手の状態を把握するため、オンラインも利用する。

 今季ドラフト1位で入団した前田悠伍投手は1軍デビューを目指している。ただ、活動拠点は福岡県筑後市で、福岡市にある1軍本拠地のみずほペイペイドームからは60キロ以上離れており、2軍戦など、投球を直接見られる機会は限られる。そこでタブレット端末などを使ったオンラインでのコミュニケーションを活用している。

 登板後の投手にはなるべく間を空けずに、投球内容を分析して本人と共有するようにしている。倉野コーチは「相手に『言う』のではなくて『聞かせる』のが仕事。相手の顔を見ることで、こちらの話の意図が伝わる」。

 まずは課題を実感し、耳を傾けるタイミングを逃さないことで「聞かせる」状況を作る。ともに可能な限り早く課題を共有することで「課題が分からないまま家に帰さない」ようにしている。

 昨季は規定投球回到達者がゼロだったチームは、既にリバン・モイネロ投手と有原航平投手がこれに到達した。チーム防御率も堂々のリーグ1位だ。モイネロと大津亮介の両投手の中継ぎから先発への転向が奏功した面もある。ただ「聞かせ上手」になることで投手陣の底上げも図った倉野コーチ。「常に最悪のこと」を想定するだけに、CSを勝ち抜き、日本一を奪還するまで気の休まる日はない。【林大樹】

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