8日のパリ・パラリンピック閉会式で、アフリカ南東部マラウイのエステレ・ナゴリ(20)は緑色のワンピース姿で国旗を持ち、はにかみながら中央のステージをゆっくりと行進した。「スポーツができるなんて、パラリンピックに出られるなんて、思っていなかった」と振り返った。

 考えが変わるきっかけは、学校でのパラリンピック教育だ。国際パラリンピック委員会(IPC)は、共生社会や平等についてワークシートを使って考える、パラ教育の教材「I’mPOSSIBLE(私はできる)」を開発。東京大会を前に2017年に日本で初めて導入され、約40カ国で活用されている。マラウイでも小中学校などで使われ、シッティングバレーなどパラ競技を体験する。

  • パラ出場の意義、思い出させてくれた日本人からの手紙 米陸上選手

 視覚障害のあるナゴリは2年前、担当の教師から「他の生徒がやっていることは、あなたにもできる。健常者と一緒に走ってみたら」とパラ陸上を勧められた。やってみると自信がつき、友達も増えた。

 初の国際大会となったパラリンピックには特別出場枠「ワイルドカード」で参加。陸上女子200メートル予選(視覚障害T12)では、競技場に響く歓声の大きさに圧倒され、同じ組の他選手に4秒以上離されたが、自己記録を更新し、「『私はできる』を示した」と胸を張った。

 「教育のおかげで自分の意識は変わった」と話す。帰国後、障害のあるマラウイの友人たちに、「自分をさげすまないで。あなたはできる」と伝えるつもりだ。(河崎優子)

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。