<マイ・ウェイ! パリ・パラリンピック>  初めて世界記録を打ち立てた5年前から、世界1位に君臨し続ける。東京パラリンピック後には金メダリストの肩書に戸惑いつつも、自分なりに障害や競技と向き合ってきた。競泳知的障害クラスの山口尚秀(四国ガス)はパリ・パラリンピックで2連覇がかかる100メートル平泳ぎへ「自分が目指すことで、パラスポーツという存在をポジティブに捉えてもらえるように」と意気込む。

知的障害者水泳の新春大会で力泳する山口尚秀=1月、千葉県国際総合水泳場で

◆東京で「金」以降、大会を抜け出すほど不安定な時期が

 「2連覇」には、言葉以上の重みがある。精神面のコントロールに苦しみやすい知的障害の選手が、大舞台で高いパフォーマンスを出し続けるのは並大抵のことではない。自閉症がある山口は普段、葛藤をあまり表に出さないが、東京パラ後は心の揺れが抑えられない瞬間が何度もあった。狙った記録を出せず、大会を抜け出したことも。日本代表の谷口裕美子コーチは「世界記録を何回も更新し、ある程度自信がでてきたことが、逆に不安定さにつながっている」と見る。  東京パラは4度目の世界新記録となる1分3秒77で優勝。昨年3月の国内レースでも1分2秒75と塗り替えた。同じクラスで1分3秒を切る選手は他にいない。内面の揺れがあっても好記録を保っているのは、187センチの恵まれた体格と競技への飽くなき探求心によるところが大きい。健常者を含めた国内外のトップ選手の映像を研究し、水の抵抗を受けにくいフォームや水中で効果的に推進力を得る体重移動の仕方を磨いてきた。

◆「障害のあるなし以前に…」初の単身武者修行で受けた感銘

東京パラリンピック男子100メートル平泳ぎ決勝 世界新記録で金メダルを獲得した山口尚秀=東京アクアティクスセンターで(木戸佑撮影)

 この3年はさまざまな刺激もあった。昨年の世界選手権では初めて副主将を任され、積極的に選手たちとコミュニケーションを取りながらチームづくりに貢献。昨冬には英国で3週間の武者修行をした。集団で海外遠征したことは何度もあったが、単身で赴くのは初めて。最初は練習場に集まった海外選手を前に「頭が真っ白になった」という。五輪選手とパラ選手が垣根なくトレーニングや大会に臨む英国の環境に目を見張り、「障害のあるなし以前に、皆一人のチャレンジャーとして取り組んでいる」と感銘を受けて帰国した。

日本代表の合宿でパリへの意気込みを語る山口尚秀=4月、味の素ナショナルトレーニングセンターで

 今年6月にはパリ五輪女子平泳ぎ代表の鈴木聡美(ミキハウス)と練習を共にする機会も。鈴木の泳ぎをじっくり観察し、「平泳ぎの体重移動や、一つ一つの細かい部分を意識されている。自分も課題にしっかり向き合いたい」と思いを新たにした。  障害のある自分を受け入れられず、つらい時期もあった。揺れながら、一歩ずつ乗り越えた3年間を経て、心身共に確かな成長を遂げている。「水泳を通じて、自分の人生をしっかり歩んでいこうという気持ちになれるように」。その姿が誰かの背中を押すと信じて。=おわり

 山口尚秀(やまぐち・なおひで) 23歳、愛媛県出身。今大会は競泳男子100メートル平泳ぎ、男子100メートルバタフライ、混合400メートルリレー、男子200メートル個人メドレー、男子100メートル背泳ぎに出場予定。

 ◇ <連載:マイ・ウェイ! パリ・パラリンピック>  パリ・パラリンピックは8月28日に幕を開ける。十人十色の道のりでトレーニングを積んできたパラアスリートたち。初出場選手から複数出場を重ねるベテランまで、それぞれの歩みをたどり、本番への覚悟に迫る。(兼村優希) 

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