チーム再建の「翼」となるか。  エナジードリンク世界大手「レッドブル」が、サッカーJ3・大宮アルディージャを運営する企業の全株式を、NTT東日本から取得すると発表した。国内の主要スポーツで、外資企業が単独オーナーになるのは初めて。巨額マネーを持つ「黒船」の到来は、地域密着を掲げてきた日本のサッカー界にどんな変化をもたらすのか。(西田直晃、山田祐一郎)

◆「昔の輝きを取り戻すきっかけに」

 大宮サポーターは買収をどう受け止めているのか。「こちら特報部」は8日、さいたま市大宮区のクラブショップ「オレンジスクウェア」で尋ねてみた。

公式クラブショップ「オレンジスクウェア」。ホームの試合前には多くのファンが訪れる=さいたま市大宮区で

 「レッドブルは欧州の名門クラブを運営しており、新たな戦力補強が期待できる。チームやサポーターに良い刺激になるはずだ」  こう話すのは、鍼灸(しんきゅう)師田中良太郎さん(58)。市内で営む「鍼灸たなか治療院」に所属選手が訪れ、チームを家族総出で応援してきた。大宮はJ3の首位を独走しているとはいえ、昨季の降格がサポーターに与えた衝撃は大きかった。三女穂佳さん(19)は「昔の輝きを取り戻すきっかけにしてほしい」と語った。

◆本拠地継続、チーム名「リスペクトする」

 一方、前例のない「外資単独オーナー」の今後の経営戦略には不安も。「結果が早く出なければ、簡単に売却されるかもしれない」と田中さん。長年応援してきた武田圭一さん(70)は「大宮の歴史や地域性、色を大切にしてほしい。ファンは強いから応援するのではなく、応援するチームに強くなってほしいものだ」と注文を付けた。

選手に声援を送る大宮サポーター=2012年、さいたま市のNACK5スタジアム大宮で

 大宮の前身は、1969年発足の電電関東(NTT関東)サッカー部。1999年にJリーグに加盟し、優勝争いに加わった2016年に最高順位の5位を記録した。近年はJ2の下位に落ち込み、昨季にJ3降格が決まり、一部のサポーターが経営批判の横断幕を掲げた。過去には日本代表の正ゴールキーパーで、埼玉県出身の川島永嗣選手が所属した。  今月6日、女子クラブを含む運営会社の株式100%を、NTT東日本がレッドブルに9月をめどに譲渡する契約を結んだと双方が発表。レッドブル側は本拠地を「継続」し、チームの名称や色を「リスペクトする」としている。

◆4つのサッカークラブ、F1などにも力

 エナジードリンク最大手のレッドブルは、オーストリアに本社を置く。昨年の売上高は約105億ユーロ(約1兆6700億円)に上る。スポーツマーケティングに積極的で、欧州やブラジル、米国に四つのサッカークラブを持ち、そのうちのザルツブルク(オーストリア)にはかつて、元日本代表主将の宮本恒靖さんも籍を置いた。F1などのモータースポーツのほか、スノーボードやクリフダイビングといった「エクストリームスポーツ」の支援にも力を入れている。

大宮アルディージャのクラブハウス。駐車場の奥に練習グラウンドがある

 今回の買収は大宮に好影響をもたらすのか。サッカージャーナリストの国吉好弘さんは「目標をどこに定めるかにもよるが、資金力のある親会社なので、海外のネットワークを活用した補強も望める。J1復帰はもちろんのこと、将来的には優勝まで視野に入る」と予想し、こう付け加えた。  「ただし、大宮のスタッフがどう入れ替わるのか、現状は分からない。補強や人事の方向性によっては、ファンに若干の拒否反応が起きるかもしれない」

◆中東や米ロがカネを出す構図

 欧州では、外資オーナーによるサッカークラブ買収は珍しくない。  2003年、ロシア人富豪のアブラモビッチ氏がイングランド・プレミアリーグのチェルシーを買収。ロシアのウクライナ侵攻を受け、2022年に売却するまでオーナーを務めた。2008年にはアラブ首長国連邦(UAE)の投資グループが同リーグのマンチェスター・シティーを買収。同チームは豊富な資金力で選手を集め、その後8回、リーグ優勝した。フランス1部リーグのパリ・サンジェルマンは2011年にカタール政府系投資ファンドが買収した。

大宮アルディージャのクラブハウス=さいたま市で

 「サッカークラブの資金をどう集めるかは長年続いてきた課題。いまは世界の中で資金を持つ中東、ロシア、米国が出しているという構図になっている」とサッカージャーナリストの後藤健生さんが説明する。

◆グループの中で選手入れ替えも

 巨額の外資マネーによるクラブ運営には功罪あるという。「一番のメリットは、選手を集めて強いチームをつくることができること。長い間、マンチェスター・ユナイテッドの陰に隠れて低迷していたシティーがいまは圧倒している。ただ、資金の使い方に規律がなくなり、下部組織出身選手の活躍の場がなくなるなどの問題もある」  Jリーグでは、2014年にマンチェスター・シティーなどを傘下に持つ英シティー・フットボール・グループ(CFG)が横浜F・マリノスの株式の一部を取得している。「大宮はレッドブルのグループの中でより一体となって交流などが行われるのだろう」と後藤さんはみる。「日本は将来性があるマーケットとして考えられている。安くて有能な選手の供給源でもある」

レッドブルのイベント車両=2022年、三重県鈴鹿市

 具体的には、レッドブル傘下のドイツ・RBライプチヒやオーストリアのRBザルツブルクなどに所属の出場機会のない若手選手が大宮で経験を積んだり、大宮側の選手がグループのチームに移ったりするほか、コーチの派遣なども想定されるという。

◆ドリンク拡販への「宣伝費」?

 レッドブルの狙いは、スポーツ面だけではないとみる向きもある。「買収額は3億円と報じられている。チーム買収は自社製品の宣伝費という意味合いが強いのでは」と話すのは、帝京大の川上祐司教授(スポーツマーケティング)。「チームの活躍を通していま若年層が中心の飲料製品の拡販を狙うのだろう。そのための投資と考えれば安い」  2020年のJリーグ規約改正で外資系企業が日本法人を設立せずに買収できることになった。「Jリーグはこれまで規約を何度も改正して外資解禁につながった。新型コロナもあり、J3のような下部リーグでは、クラブ経営は赤字が目立つ。地域クラブとして機能していないということだ」。他のJクラブでも同様に外資参入が続くとみる。

◆チームや地域が振り回される?

サイン入りユニホームをさいたま市の清水勇人市長に手渡したJ3大宮の石川俊輝選手(右)と長沢徹監督(左)=2月、さいたま市

 欧州クラブを巡る買収でチームに混乱が生じたケースもある。2017年に中国の投資家グループがイタリア・セリエAのACミランを買収したが、負債を返済できず、1年で米国ファンドに売却された。レッドブルがガーナで経営していた「レッドブル・ガーナ」は2014年にチームが消滅した。  Jリーグがうたう「地域密着」と世界企業によるクラブ経営は両立できるのか。スポーツ文化評論家の玉木正之さんは「外資が参入するのは世界的な流れ。一方で、企業の経営判断によってチームや地域が振り回される心配もある」と指摘する。その上でこう強調する。「Jリーグが掲げる『地域密着』の方針は、地域の企業とサポーター、自治体が三位一体となって作り上げていくというもの。今後、レッドブルの方針や判断に地域やサポーターが当事者の自覚を持って意見を言ってチームにかかわることが必要だ」

◆デスクメモ

 一部報道によると、レッドブルは、大宮のクラブ名に「RB」を加えたい考えという。ただ、Jリーグは、企業頼みの運営に陥らぬよう、クラブに企業名を付けることを禁じてきた。レッドブルを想起させる2文字の扱いを認めるのか否か。Jリーグ理事会の判断に注目したい。(岸) 

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