パリ・オリンピック レスリング女子53キロ級 決勝(8日・シャンドマルス・アリーナ)
藤波朱理(あかり)選手(20)=日体大 金メダル
7年前、人一倍負けず嫌いな藤波朱理(あかり)(20)は、体育館の片隅で涙に暮れていた。「勝ちたい」「強くなりたい」。それは、伝説の始まりの瞬間だった。
藤波選手が中学2年の2017年6月。水戸市で行われた全国中学選手権の決勝で、1学年上のライバルに5点差で完敗した。以前も同じ相手に負けたことがあっただけに、自分のふがいなさに我慢できなくなった。感情をあらわにしながら思いをぶつける娘の姿に、コーチを務める父・俊一さん(59)は「ついに、来たか」と感じたという。
父の指導するレスリングクラブの道場が、幼少期の藤波選手の遊び場だった。4歳で競技を始めると、小学3年から4年連続、全国少年少女選手権で優勝して頭角を現した。だが中学生になると少し伸び悩んだ。力が弱かったり、体力で劣ったりとフィジカルが足りないことが要因だった。
俊一さんは勝てない理由も、これから強くなる可能性も見抜いていた。しかし、あえて藤波選手には伝えなかった。「結局は本人のやる気次第。意志がないのに強引に練習させても意味がない」からだ。それだけに鋭いまなざしで「どんな練習でもついていく」と訴える藤波選手の姿に目を見張った。「一緒に勝つか」。世界の頂を目指す二人三脚の歩みが始まった。
体力や筋肉は成長すればついていくと、心配していなかった。着目したのは藤波選手にしかない唯一無二の才能。反射神経だ。俊一さんは「体力は強化できるが、タックルの入り方やタイミングを教えることは難しい。朱理の場合はその部分に関して天性のものがあった」。その特徴を最大限生かすような練習を重ね、長い手足を生かしたタックルや相手の動きをコントロールして背後に回る攻撃など、多彩な技で圧倒するスタイルを確立させた。
母・千夏さん(56)が成長の原動力として挙げるのは、「集中力の高さ」。思い出すのは小学生時代の一コマだ。合唱コンクールの司会を任された時にギリギリまで練習をせず親を心配させたが、本番はスムーズに進行して驚いた。「レスリングだけではなく、学校の行事や勉強にしても、短い時間で集中して準備できて、本番にも強いというのは、子供のころから」。根底にあるのは負けず嫌いな一面だ。千夏さんは「自分ができないことが嫌、許せない性格なのだと思う」という。それは一流選手になるために必要な要素だった。
気付けば涙の敗戦を最後に黒星はなく、レジェンド吉田沙保里さんの119連勝も超えて「公式戦133連勝」の看板を引っさげて、パリに乗り込んだ。初めての五輪でも全く物おじすることなく、攻守にすきの無いレスリングで相手を圧倒。ワンダーガール(驚異の少女)と海外でも高い注目度を誇る藤波選手は、新世代の「最強レスラー」との前評判にたがわぬ強さで、一気に頂点まで上り詰めた。【パリ角田直哉】
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