開会式の『旗手』を務めた江村選手

江村選手は去年、日本フェンシング界では初の世界選手権2連覇を果たし、今大会は開会式の「旗手」を務めるなど競技の枠を超え日本選手団の顔として臨みました。

JOC=日本オリンピック委員会から「旗手」の打診を受けたのはことし6月下旬、クウェートで行われたアジア選手権の最中でした。「旗手」を引き受けると式典など行事でのあいさつに加え、大会を象徴する1人としてメディアからも大きな注目を浴びることとなり、その重圧や負担から打診を断る選手もいます。

しかし江村選手は迷うことなく大役を引き受けました。

その心の内にあるのは「フェンシングの注目度を少しでも引き上げたい」という願い。そして何よりも、オリンピックをきっかけにみずからの可能性を広げたいという強い意志がありました。

江村美咲選手
「開会式にどんな世界が広がっているのかワクワクしている。感謝の気持ちを持って堂々といたい」

ことばのとおり、セーヌ川を船でパレードした開会式では雨が降りしきる中、選手団の先頭に立って日本の国旗を誇らしげに振り続けました。

重圧による異変

その江村選手に異変が見られたのは、3日後の女子サーブルの個人戦でした。

初戦は薄氷を踏む勝利で勝ち上がりましたが、続く3回戦では足が前に出ず、世界ランキングで格下の相手に一方的に敗れました。

江村美咲 選手
「自分でもなんでこんな試合になったのか分からない。一回全部、自分の弱いところと向き合って何が足りなかったのかを考えたい」

今大会の日本フェンシングチームはメダルラッシュとなり、競技の本場・ヨーロッパの人々を驚かせています。そのチームを先頭で引っ張ってきた江村選手の積み重ねてきた日々と努力が間違っていたということは絶対にありえません。
ともに歩んできたフランス出身のジェローム・グース コーチがあげたのが、心の負担でした。

ジェローム・グース コーチ
「プレッシャーが大きかった。彼女の背負っていたものはすごく大きかった」

応援で現地を訪れていた日本代表の元コーチで父の宏二さんは、個人戦後の家族での食事の様子を明かしました。

父 宏二さん
「食事の途中に『勝てるかな』という美咲らしくないことばが出てきたので、これは自分のなかで格闘しているんだと」

チームメイトと流した涙

団体に向けてどう気持ちを切り替えるか。迎えた当日、江村選手の調子は完全に戻ってはいませんでした。

女子サーブル団体で日本の世界ランキングは8位。格上との対戦が続くなかでポイントを稼ぐ役割を担う江村選手の不調は痛恨です。

しかし、この事態を仲間が支えました。

ベテランの福島史帆実選手、同学年の高嶋理紗選手、若手の尾崎世梨選手。
チームの力を結集して3位決定戦にまで進みました。

相手は世界1位のフランス。
日本が2年以上も勝てていない相手でしたが、江村選手がポイントを失っても代わりに仲間が取り返してリードを守り、最後、江村選手にバトンをつなぎました。

ピストに上がる直前の江村選手の表情をジェロームコーチが覚えていました。

ジェローム・グースコーチ
「笑顔を向けてくれた。そのときに『あ、この美咲は大丈夫だ』と思って、最後の9試合目だけはなぜか安心した気持ちで見られた」

江村美咲 選手
「チームメイトがここまでつないでくれた。最後は下がって取られるくらいなら前に出ようと」

相手のエースに対して攻める姿勢を崩さず足を出しました。

最後の最後で得意のロングアタックが決まり、4連続ポイントで試合を締めて念願のオリンピックでのメダルをつかみました。直後、メンバーとともに流した涙はうれしさと重圧から解放された涙だったといいます。

江村美咲 選手
「正直、ずっと苦しかった。きょうも迷いながら何がいいのか分からなくてもがいていた。前に出るのは怖かったが、今回はみんなが信じてバトンを託してくれて、その思いが背中を押してくれた。1人だったら前に出られたか分からない。新しい歴史を勝ち取れたことに感謝の気持ちでいっぱいで誇りに思いたい」

「負けず嫌いの完璧主義者」
江村選手は自分自身をそう評します。

だからこそ、金メダルが期待されるエースとしてのプレッシャーも「旗手」としての責任も、すべて引き受けてきました。

そんな江村選手がジェロームコーチと出会い、今大会掲げたのは「自分を信じて楽しむこと」。仲間に託され、最後のピストに立つ前に笑顔を見せた瞬間、それが体現できたのかもしれません。

個人戦では悔しさを味わいましたが、仲間とともに手にしたメダルだったからこその価値があると言えます。

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