「気持ちは熱くても、頭は冷静に」
「2ボール。打ちにいく球、絞って」
7月10日、県営八代野球場であった第106会全国高校野球選手権熊本大会2回戦。秀岳館と対戦した熊本学園大付のベンチから、打席の選手に言葉が飛んだ。
チームでは、「さー来い」「いこうぜ」といった定番の掛け声を「声出し」とし、相手の良いプレーや心構えにつながるような意味のある言葉を発する「言葉掛け」と明確に区別している。
「声出しはいらない。言葉掛けをしていこう」がチームの決まりだ。
高校野球×ことば
うまくなりたい、強くなりたい。言葉の力で、その思いをかなえようと取り組む熊本の球児たちを追いかけました。
熊本市中心部にある学校から9㌔ほど離れた郊外のグラウンドに、選手たちは数十分かけて自転車で通う。
練習時間が限られ、中学で名のあった選手が集まるわけでもない。坂本博之監督は「部員一人一人が思考力を高めて練習やプレーの質を上げることでしか勝機は見いだせない」と語る。
井上晋作主将(3年)は、チームがいまの3年生の代になったばかりの頃は「声出しする人さえ少なくて、お葬式のように静かでした」と話す。
「言葉掛け」も最初は難しかった。だが、意識するようになると、ほかの部員たちの細かな動作に加え、心構えまでも見えるようになってきた。
「観察するだけ、感情的に言葉を発するだけ、ではなくて相手のためになる言葉を見つける必要がある。準備するようになりました」
ノックの練習でミスが出ると、「(グラブや腰の位置が)高いよ」「(打球への)1歩目を意識して」などと、技術の改善につながる具体的な言葉を掛け合う。
グラウンドのベンチには「一暴十寒(いちばくじっかん)」(継続して事を行わなければ効果はあがらない)、「百折不撓(ひゃくせつふとう)」(何回失敗しても志をまげないこと)といった、坂本監督が部員に向けて選んだ四字熟語や、部員たちが選んだ英語のフレーズ「Four You」(家族や教諭、マネジャーら部員たちを支えてくれる多くの人たちに報いようという意味)といった言葉を書いたホワイトボードが掲げられている。
「これも言葉を意識させるためです」と坂本監督。「ベンチに掲げてあれば、少なくとも1日1回は各部員が、あの言葉を目にして考えてくれるはずです」
7月10日の秀岳館戦では、中盤に4点をリードされる苦しい展開。だが、ピンチでマウンドに集まった選手たちは「ここを乗り切ればチャンスにつながる」と言葉を掛け合った。ベンチでは「粘って粘って終盤に逆転するのが自分たち。想定通りの展開」と話し合った。
最終回。2死から好機をつくり、1点をもぎ取った。思考と言葉の力を磨いて、甲子園出場経験が豊富な強敵と互角にわたりあった。
運動選手のメンタルトレーニングを研究する立命館大スポーツ健康科学科の笹塲育子准教授(スポーツ心理学)の話
専門はスポーツ心理学で、トップ運動選手らの心理状態やメンタルトレーニングについての研究、論文を多く手掛けている。著書に「科学としてのメンタルトレーニング」、論文に「試合における実力不発揮状態の改善に及ぼす声がけの影響」などがある。
野球の試合では、一つ一つのプレーが次へ次へと連なり、続いていく。試合のまっただ中では、ミスをしても選手に反省をしている時間はない。ベストパフォーマンス(最善の結果)を出すには、調子の良しあしにかかわらず淡々と、やるべきことや手順を瞬時に思い出しながら実行することが必要だ。
だが、ミスをすると、「どうしよう。監督に何て思われるだろう」といった不安で頭の中が支配され、次の手順が出てこなくなる。「こんなことをやらかしたのなら、再び同じミスを起こすのでは」と集中がそがれる。
そのタイミングでの仲間の言葉掛けは、ミスをした選手の意識を、やるべきこと、手順へとリセットする。集中を取り戻させる機能を果たすことは十分にありえる。
言葉掛けをするのは信頼関係のある仲間であること、その言葉がミスに執着するのではなく、技術的な改善や切り替えにつながる内容であることが重要だ。
日ごろから相手にとって大切な動きとは何かを冷静に分析して考えているから、受け手が「自分の成長につながっている」と思える。チーム全体や選手個人にとって、心理的にも意味のある行動につながっている。(吉田啓)
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