サッカー天皇杯全日本選手権で、筑波大がITを駆使して対戦相手の攻略法を探り、格上のJ1クラブと互角に渡り合った。デジタル技術で分析する「スカウティング」と呼ばれる戦術は国内外で重要さを増している。分析の専門家を多数プロに送り込み、「アナリスト養成所」とも称される筑波大の現場を探った。(加藤健太)

◆「町田は事故のような失点が多い」…ゴール前パスで誘発

分析にかける思いを語る筑波大の中村悠紀さん=茨城県つくば市で

 筑波大は6月12日の2回戦でJ1首位の町田を撃破した。アナリストとして入部した3年の中村悠紀さんは「町田の10試合分の映像を見返した」と明かす。プレーの特徴を攻撃時や守備時など四つの局面に分けて洗い出し、それを自陣や敵陣などエリアごとにも分類。Jクラブも使う分析ソフト「スポーツコード」を操り、ボールの運び方やゴール前の仕掛け方、失点パターンをつかんでいった。  チームは1点を追う試合終盤、あえて大まかにゴール前に送るパスを増やし、土壇場の同点弾につなげた。「町田は事故のような思いがけない失点が多い」という中村さんの見立てが頼りになった。  絶体絶命のピンチでも分析力が光った。1-1の延長後半にPKを与え、キッカーは町田のエリキ。観客席に控えていた中村さんは、試合中にベンチと絶えずつないでいる携帯電話越しにキックの傾向を伝えた。何人もの選手を介して伝言ゲームのように伝え聞いたGK佐藤が「分析を信じた」と右に飛んでセーブ。PK戦の末の金星に、中村さんは「高揚して眠れなかった」と達成感に浸った。  続く7月10日の3回戦はJ1柏に1-2と及ばず惜しくも敗退となったが、延長戦までもつれる接戦を演じた。

◆試行錯誤を繰り返せる環境が強み

 創部128年の筑波大では、部員191人のうち約10人が選手兼任で「アナライズ班」に所属。中村さんら4人が専任で活動する。担当する試合を割り当てられ、分析に特化した試合前のミーティングで選手らに対策を伝えている。  OBの小井土正亮監督が「試合中の想定外を減らそう」と、2014年の就任時に大学では先駆的に取り入れた。J2水戸で選手を引退後、分析スタッフを柏、清水、G大阪で計8年間務め、有用さを感じていたからだ。  即戦力のアナリストを育てられるのは実地訓練を繰り返せる環境が大きい。大所帯であるがゆえに部内で6チームを抱えており、学生が試行錯誤の経験を積める。また、単に数字を追うのではなく、グラウンドで選手と会話をしながら、現場が求める「使えるデータ」を見極める姿勢も評価が高い。  これまでにJクラブや日本サッカー協会(JFA)に延べ45人超のアナリストを輩出。ドイツ1部に来季昇格するキールでもOBが活躍する。小井土監督は「日本人の勤勉さは分析の面でも世界に認められている。アナリストを育てることは日本サッカーの発展につながる」と重要性を説く。「養成所」の存在感がサッカー界でさらに増していきそうだ。   ◇  ◇

◆「選手じゃなくても日本一を狙える」目指すはエンジニア

町田-筑波大 ボールを競り合う選手たち©FCMZ

 筑波大は日本代表の三笘薫(ブライトン)らを擁した2017年に仙台、福岡のJクラブを破って16強入り。サッカーに打ち込んでいた中学3年の中村さんは当時の快進撃に憧れた。その後、分析からチームを支える存在を知り、「選手じゃなくても日本一を狙う組織に関われる」とアナリストでの入部を決めた。卒業後は分析ツールを開発するエンジニアを目指す。「人工知能(AI)がプレーを分類できたら分析がさらに深まる」と夢を描く。   ◇  ◇

◆相手の「分析」を逆手にとることも…これがサッカー

 町田とのPK戦ではこんな駆け引きもあった。筑波大の1人目の内野は、蹴る直前に左から右に狙う方向を変えた。歩み寄ってくる町田のGK山口に「おまえのことは分析済みだ」と揺さぶられ、ある出来事を思い出したからだ。  4月に大学生で唯一、U-23(23歳以下)日本代表に選ばれた。パリ五輪出場を勝ち取ったアジア・カップの活動期間中、ともに戦うFW平河(当時町田)にPKのうまさを褒められ、「左に蹴ると決めてます」と答えていた。  「平河さんに言ったことが伝わったのかも」。とっさに右に狙いを変え、山口の逆を突いてネットを揺らした。 

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