2021年東京パラリンピックで難民選手団の一員として競泳男子に出場したイブラヒム・フセイン(35)=シリア出身=がトライアスロンに競技を変え、3大会連続となるパリ・パラリンピックに臨む。資金難で万全な装備をそろえられない中、努力を重ねて得たパリ切符。「難民の声を届けるという自分の使命を果たす上で、パラリンピックは非常に重要な場」と意気込む。(兼村優希)

 パリ・パラリンピックのトライアスロン 9月1、2両日朝に実施され、コースは五輪の半分の距離となるスイム750メートル、バイク20キロ、ラン5キロの計25.75キロ。セーヌ川を泳いだ後にバイクでシャンゼリゼ通りを走るなど、パリ中心部の名所を回る。セーヌ川の水質汚染がいまだ懸念されている。

◆東京パラでは肺腫瘍おして競泳に出場

オンライン取材に応じるイブラヒム・フセイン

 9日、国際パラリンピック委員会(IPC)はパリ大会の難民選手団を発表した。過去最多の8人の選手と視覚障害者の伴走者1人が参加する。フセインはパラの難民選手団が初めて結成された2016年リオデジャネイロ大会で旗手を務め、東京大会では直前に肺に腫瘍が見つかったものの、強行出場した。「東京大会に出たことでIPCのイベントや講演会、日本の方々と触れ合う機会を得るなど、多くの可能性が開かれた」とうなずく。  2012年にシリア内戦で友人を助けようとして砲撃に遭い、右脚の一部を失った。移り住んだギリシャで難民となり、幼い頃から親しんできたスポーツに打ち込むようになった。東京大会まで取り組んだ競泳では近年、若手の台頭が激しく、「年齢的な部分もあり、なかなか良い結果を目指せない」と判断。一昨年秋からトライアスロンに転向した。

パラトライアスロンの大会に出場するイブラヒム・フセイン=2023年9月23日、スペイン・ポンテべドラで(アスロス財団提供)

 限界を目指す粘り強さが求められるトライアスロンの競技特性は「自分の性格に合っている」と感じる一方、海外転戦や道具代などの資金繰りに苦しんだ。日本のような国からのアスリート向け助成金などもない。活動費は主に自身が障害のある難民のために立ち上げた「アスロス財団」やトヨタ自動車からの支援などで賄ってきた。ただ、財団は昨年のトルコ・シリア地震で被災した難民らに義援金を送り、財源が不足している。

◆難民、障害、資金難乗り越え「挑戦を通じて希望を届ける」

 「バイクの記録はほぼギアにかけられるお金に比例すると言っても過言ではないぐらい(他選手との)差を感じている」と率直に明かす。これまで7大会に出場し、苦手なバイクを、得意のスイムとランで補ってきた。運動機能障害PTS3クラスで世界ランキング12位につける。「平等な環境を与えられている状況ではなくても、自分が挑戦し、パラリンピックに出場することに意味がある」と前を向く。

パラトライアスロンの大会に出場するイブラヒム・フセイン=2023年9月23日、スペイン・ポンテべドラで(アスロス財団提供)

 世界人口の約15%に障害があるとされ、国連難民高等弁務官事務所によると、紛争や迫害で故郷を追われた人は12年連続で増加し、今年5月の時点で1億2000万人に達した。中東やウクライナなど、世界各地で紛争はやまない。  「自分自身も体験しているからこそ、突然失われる日常に大きな痛みを感じる。何ができるか自問することもあるが、まずは世界の舞台で自分の挑戦を通じて声を届け続けるしかない」。難民の代弁者として、また難民に希望を届ける存在として、パリでも自分の役目を全うするつもりだ。  ◇   これまでに渡航費やコーチ費用、大会出場費、自転車などのギア代に費やしたのは約450万円。アスロス財団の日本人メンバーたちがその一部を支援するクラウドファンディングの協力を8月16日まで募っている。詳細は「モーションギャラリー イブラヒム」で検索。 

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