朝7時、高取国際(奈良県高取町)の福井涼平(3年)は、まだ眠そうな目をこすりながら、台所で自分の弁当に詰める卵焼きを作っていた。
卵を割って、慣れた手つきでかき混ぜる。温めておいた卵焼き器にそっと流し込んで、手首をうまく使いながら、きれいに形を整えていく。出来上がった卵焼きからはおいしそうな湯気が立ち上る。
弁当箱に白ご飯を入れて、父の理人(みちひと)(51)が前日に作ってくれたおかずを詰める場所を決めていく。おかずを多めに入れるのが涼平のこだわりだ。最後に卵焼きを入れて完成。
出来を尋ねると、「まあ、いつも作っているんで」。そう照れて、はにかんだ。
父の提案、断りたくなかった
父と妹、祖父母と暮らす涼平が野球を始めたのは、小学4年のときだ。アニメの「ダイヤのA(エース)」を見てやりたくなり、父に相談した。
「条件は自分で起きて、準備できること」。そう言われた。
練習のある朝は自分で起きて、帰ってきたら汚れたユニホームを洗濯機に、食べ終わったお弁当箱を台所に欠かさず持って行った。
涼平は父の料理が大好きだ。練習が終わって家に帰ると、「ただいま」よりも先に「今日のご飯はなに?」と聞いてしまう。
理人は大学を卒業してから約20年間、料理人として働いていた。フレンチから割烹(かっぽう)、すし屋までジャンルは幅広い。
涼平のお気に入りは、唐揚げ。自分が帰るころには、いつも揚げたてを大皿に盛って準備しておいてくれる。気持ちがこもった料理を食べると、おいしさとともにうれしさがこみあげる。
自分で弁当を詰めるようになったのは今年の4月から。「たまには自分で詰めたら?」と、理人に言われたのがきっかけだ。
介護の仕事で帰りが朝になることもある父の提案は断れないし、断りたくなかった。それから週2日ほど、自分で弁当を詰めるようになった。
今春の県予選では、5番中堅手として先発出場し、強豪相手に三塁打を放ってチームをもり立てた。監督の松村泰毅は「彼は本当にたくましくなった。弁当だけじゃなくて、学校生活でも野球でも。自立するということを、行動でメンバーに示してくれている」と話す。
涼平の夢は、理人と同じ料理の道に進むことだ。「父のおいしい料理に支えられて、いまも野球ができている。この夏に大好きな野球をやりきって、次は自分の得意な料理でみんなを笑顔にしたい」と心に決めている。
理人は「波がある厳しい仕事だから勧めなかったけれど、今の涼平を見ると頑張ってほしいなと思う」と応援する。
試合の前日は、腕によりをかけて、涼平の好きなハンバーグやオムレツを作ってあげるつもりだ。=敬称略(佐藤道隆)
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