歓声、どよめき、拍手。「晴れの国」に完成した新球場のこけら落としの熱狂は、野球にそれほど関心がない関係者も驚かせた。

 1995年3月5日、岡山県倉敷市にマスカットスタジアム(岡山県倉敷スポーツ公園野球場)が完成した。プロ野球・広島―西武のオープン戦は、満員の3万人の観衆で埋まった。

 「ワンアウトでどよめきが起きる。『どぅわーっ』という感じだった」

 当時も球場に勤務していた長田晴利(71)は驚いた。現在は球場を管理する公益財団法人の総務課長を務める北原伸之(60)も当時から勤務し、声援の迫力が印象に残っているという。

 長田は元岡山県職員で、設備担当として球場勤務になった。北原は東京で働いていたが、安定した仕事を求めて、球場ができるタイミングで「Uターン」した。2人には、野球で興奮するというイメージはなかった。

 秋にはアトランタ五輪予選を兼ねたアジア選手権の舞台となり、全国高校野球選手権岡山大会のメイン球場として定着した。

 1993年から23年間、県高野連理事長を務め、現在は特別顧問の河原丈久(73)は、岡山大会の抽選会を思い出す。「初戦からマスカットでできることになったチームは、みんな喜ぶ」

 長谷川登(73)は、古豪・倉敷商の監督を2005年夏まで33年間務めた。母校を春夏合わせて7回の甲子園出場に導いた指導者の感想は違った。地元に立派な球場ができた喜びよりも、甲子園をかけた戦いの舞台を攻略しようという思いが先に立った。

 「一番気になったのは球場の広さ。両翼99.5メートルで、ファウルゾーンも広い。それまでの岡山県野球場は両翼91メートルだから、10メートル近く深くなった」

 警戒したのは、右翼線を抜けた当たりが三塁打になることと、左中間、右中間深くの飛球でタッチアップした二塁走者が一挙に生還することだ。

 「練習しました。学校のグラウンドはマスカットほど広くないから、時間差というか、外野からの返球のタイミングを遅らせて進塁を防ごうとする。結局、試合では起こらなかったけれど」

 岡山の高校球児に及ぼした一番の影響として挙げるのは、球場負けしなくなったことだ。「岡山の球児にとっては、マスカットができて甲子園(のすごさ)が薄まったのではないか」

 中国地方の野球場といえば、プロ野球・広島東洋カープの本拠地、マツダスタジアム(広島市)を思い浮かべる人が多いかもしれない。ただマツダは2009年開場で、10年以上前にできたマスカットは中国地方を代表する野球場の一つだった。

 3万人を超す収容人数、グラウンドの広さ、そしてスタジアムと同じ広さのグラウンドの補助野球場。多くの人たちを魅了するマスカットと縁が深いのが、2018年に70歳で亡くなった倉敷市出身の星野仙一だ。

 星野は中日、阪神、楽天と3球団の監督を務め、それぞれマスカットで秋季キャンプを行った。

 倉敷商野球部で4年後輩の長谷川。高校時代は星野が明治大に在籍していたころと重なり、夏の岡山大会を控えた時期に母校に姿を見せるのが恒例だった。当時の逸話を今でもよく覚えている。

 「怖かった。サングラスをしているから、どこを見ているか分からない。一日も遅く来て、一日も早く帰ってほしいという話を仲間と毎日していた」

 同時に忘れないのが、帰郷の際、ボストンバッグに詰めた数十個のボールを持ってきてくれたことだ。使い古しではない。大学の練習で少し使っただけのものだ。何が必要なのかを調べたうえでの心配りだった。

 「多くのプロ出身者を存じあげているが、あの人ほど母校愛を含めて郷土愛の強い方はいない。こんな素晴らしい野球場があるんだから、何で使わんのやという感じだった」

 公園内にある投球練習場は、雨でも練習でき、5人が同時に投げられる。これは星野の提案から造られたとされている。

 21年11月末に閉館した星野仙一記念館(倉敷市)で館長を務めた延原敏朗(83)は、星野と兄弟のような付き合いをした。

 星野がマスカットで初めて秋季キャンプをしたのは、完成から3年目の97年。延原の提案だった。

 「雨が降らないし、メイン球場とグラウンドが同じ大きさの補助野球場を合わせて2面もある」

 そして、星野は3球団でいずれも、マスカットで秋季キャンプを行った後にリーグ優勝を果たし、13年には楽天で日本一を成し遂げた。縁起がいい場所になっていった。

 延原からみても、星野は郷土愛あふれる人間だった。岡山市内の障害者施設を30年以上訪問した。秋季キャンプでは少年野球の選手たちを集めて指導した。亡くなる前年3月にも、倉敷で行われるウォーキングイベントに参加した。

 「仙さんは人間として、野球人として、本当に岡山を愛していた」

 関係者はみな、20年から途絶えているマスカットでの秋季キャンプを切に願っている。=敬称略(八鍬耕造)

倉敷マスカットスタジアム

 1995年完成。テニスコートやその後完成する多目的広場などを含む倉敷スポーツ公園内にある。両翼99.5メートル、中堅122メートル。内野は黒土、外野は天然芝。3万494人を収容できる。JR中庄駅から徒歩約8分、瀬戸中央道の早島インターから車で約5分。プロ野球の開催は多く、今季は6月25日に阪神―中日戦が行われる。

最近10大会の全国高校野球選手権の岡山代表

2014年 関   西(2回戦)

 15年 岡山学芸館(1回戦)

 16年 創志学園 (2回戦)

 17年 おかやま山陽(1回戦)

 18年 創志学園 (2回戦)

 19年 岡山学芸館(3回戦)

 20年 新型コロナで中止

 21年 倉 敷 商(1回戦)

 22年 創志学園 (1回戦)

 23年 おかやま山陽(準々決勝)

 かっこ内は全国高校野球選手権大会での成績

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