高校野球の発展や選手の育成に尽力した指導者を日本高校野球連盟と朝日新聞社が表彰する「育成功労賞」に、奈良県内からは高田高校野球部監督の田渕太さん(62)が選ばれた。県上位に入るチームを作り上げ、他校の指導者に影響を与える模範的な指導を続けてきたことが評価された。

 母校の高田高で野球を指導して今年で17年目。受賞を受け、「賞をいただけてありがたいが、自分なんかがもらっていいのかな」と話す。

 高校では遊撃手を任され、1979年の第61回選手権奈良大会では智弁学園高を相手に、2番手投手としてマウンドに立った。

 試合は敗れたが、次は監督として戻ってきたい。そう心に決めて、大阪体育大に進み、84年の春に山辺高山添分校に赴任した。未経験の生徒を集めて軟式野球部を作った。

 広陵高(現=大和広陵高)野球部の責任教師を経て、2008年に母校に赴任。野球部の責任教師を6年間務めた後、14年に監督に就任した。

 田渕さんの在学時は十数人だった野球部は、約80人に増えていた。部員たちはグラウンドでぎゅうぎゅうになりながら練習に明け暮れていた。

 忘れられない試合は赴任2年目の夏。序盤で8点リードしたものの、エラーをきっかけに11点取られる逆転負けを喫した。

 まさかの展開に「大量得点した次のイニングがカギだった。どっちが1点をとるかで、流れができてしまう」と気づかされた。今でも攻撃がうまくいった後は、ミスを出さないように、どう選手に伝えるか神経をとがらせている。

 田渕さんがグラウンドに行くと、球児から笑顔で「こんにちは」と歯切れのいいあいさつが聞こえてくる。「自分が野球をしていたときよりも、今の子どもたちのほうが立派に頑張っている」と目を細める。「学年が上がるたびに成長していくこの子たちを、これからも見ていきたい」

 7日にある全国高校野球選手権奈良大会の開会式に先立ち、さとやくスタジアム(橿原市)のグラウンドで育成功労賞の表彰を受ける。そして、その開会式では教え子の北山颯馬主将が選手宣誓をする予定だ。

 「一生に一度あるかないかの巡り合わせ。楽しみですね」(佐藤道隆)

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