◆ドコモ、Jリーグとゼネコンなどが民営化事業を担う
民営化が計画されている国立競技場=6日、東京都新宿区で
東京五輪開幕から3年弱。6日の国立競技場周辺は閑散としていた。散歩中の女性(62)は民営化について「何か面白いイベントが開かれればいいけど、通信会社が運営することで何が起きるのかよく分からない」と首をひねった。 事業を担うのは、ドコモを筆頭に、Jリーグやゼネコンなどが参画するグループだ。日本スポーツ振興センター(JSC)の発表では、30年間の運営権の対価に528億円の支払いを提案している。民営化を巡っては採算性が課題とされており、年間10億円を上限に国が負担する方針を示していたが、ドコモなどは要求しなかった。 国立競技場の整備には、国内最高の1569億円を要した。JSCによると、運営費と東京都などへの借地料を合計した維持管理費(2022年度)は27億6000万円。旧国立競技場の約3倍で、公費負担は必至とみられていた。◆矢沢永吉さんのライブ「騒音の不満」
盛山正仁文科相は4日の記者会見で「心配していた公費負担がなくなり、運営権対価を得られるのはありがたい。ほっとひと安心だ」と安堵(あんど)の表情。JSCの担当者も「前向きに捉えられる結果だ」と胸をなで下ろす。 とはいえ、どう黒字化を図るのか。国立競技場は、暑さ対策の開閉式屋根を、整備費削減のため取りやめている。騒音対策が課題で、収益を見込めるはずのコンサートはあまり開かれていない。国立競技場の開閉式屋根は取りやめられた=魚眼レンズ使用
活動休止中の人気アイドルグループ「嵐」が20年秋、単独コンサートを初めて開催。コロナ禍のため無観客だった。22年夏に初の有観客で歌手の矢沢永吉さんが公演。今年4月には、顔を公開していない歌手のAdoさんがワンマンライブをしている。JSCによると、矢沢さんのコンサートの際に主催者に苦情が5件寄せられ、騒音への不満も含まれていたという。◆「独自の遮音技術の導入」で開催増を目指す
NTTドコモは「独自の遮音技術の導入」を検討しながら、「近隣住民に向けた説明や対応」も並行し、コンサートを運営計画の中核の一つに据える。さらに、次世代の高速通信技術「IOWN(アイオン)」の実用化を加速させ、「他のスタジアムと接続し、演出を連動させた同時コンサート」を実現するという。 収益拡大のため、ネーミングライツ(命名権)の導入も検討。ドコモの担当者は「国内・海外、大企業・新興企業を問わずにパートナーを募る」と説明した。 コンサートを軸に据える方向性は有効か。音楽プロデューサーの油布賢一氏は「国立競技場はコンサート用の設計ではないが、音響拡声装置やエンジニアを充実させれば、プロの耳でも音質は問題ない」と解説。ドコモが考案する「他の会場との接続」「演出を連動させた同時コンサート」については、こう見通す。 「コロナ禍で無観客ライブが盛んになり、カラオケボックスでも個室同士を画面上で接続する楽しみ方が定着した。中身や実現可能性は不透明だが、すでに必要な素地は社会にあり、目指す方向性はニーズに合致しているのでは」◆芝生がボロボロ…グラウンドまで遠い
国立競技場の運営事業者の中にJリーグが名を連ねたことで、ネット上ではサッカーファンから、陸上トラックを撤去し「球技専用スタジアム化」を望む声などが見られた。Jリーグ30周年記念スペシャルマッチとして行われた鹿島―名古屋戦=2023年5月、国立競技場で
サッカー専用化や陸上トラックの撤去を検討しているのか。Jリーグ広報部は取材に「いずれも未定。スポーツ大会の決勝戦、日本代表戦など国内外の大規模大会の開催を想定しているが、今後コミュニケーションを取っているスポーツ団体と連携して実施していく予定」と回答。運営事業者が実施できるとされているネーミングライツについても「今後検討する」としている。 サッカージャーナリストの大住良之氏は「Jリーグが国立競技場の運営にかかわる必要性が感じられない」と話す。陸上トラックでグラウンドと客席の距離が離れているほか、芝の状態が悪く、ゴール裏のスタンドにあるマラソンゲートでサポーターが分断されるなどと指摘。「サッカーのスタジアムとしては欠陥が目立つが、民営化によって大規模な施設変更をするとは考えにくい」という。◆サッカーばかり?他の競技から疑問の声
にもかかわらず国立競技場でのサッカー利用は少なくない。完成後に初めて使われたのは2020年元日の天皇杯決勝で、コロナ禍と東京五輪・パラリンピックを経て、23年から増えた。大住氏によると、今年3月のワールドカップ(W杯)予選の北朝鮮戦までに、Jリーグやカップ戦、代表戦などサッカー56試合が行われたのに対し、陸上は36大会、ラグビーは15試合だった。 大住氏は「地方のチームに使わせ、5万人を超える客が集まる試合もあるが、かなりの招待客が含まれている」とし、こう懸念する。「数字上の観客記録は伸びても、将来的に地域に根付いたファンの獲得にはつながらないのでは」東京・明治神宮再開発地区。下から国立競技場、解体が進む神宮第二球場、神宮球場、秩父宮ラグビー場が並ぶ=2023年12月、本社ヘリ「あさづる」から
疑問の声は他の競技からも。当初、国立競技場は19年のラグビーW杯の開幕戦、決勝戦が予定されていた。完成が遅れて実現しなかったが、今年5月にはリーグワン決勝が行われ、5万6000人以上が訪れた。ラグビー元日本代表で神戸親和大の平尾剛教授(スポーツ教育学)は「Jリーグが運営することで、ラグビーの試合が減ることにならないか」と懸念する。◆「負のレガシー」繰り返さない教訓にして
近接する秩父宮ラグビー場にも改築計画があり、樹木伐採に反対の声が上がっている。計画では収容人数が2万5000人から1万5000人に減少するため、平尾氏も改築に反対しており「イベントやサッカーが優先されることになれば、ラグビーの重要な試合はどこでやるのか。両施設ともイベント開催、競技実施を想定している。そもそもどのように活用するのかビジョンがないまま開発ありきで進み、競技が置き去りとなっている」と述べる。 当初22年が目標だった民営化は25年にずれ込む。公費による赤字補填(ほてん)は避けられる見通しだが、国が負担する東京都などへの年間11億円の土地賃借料は続く。ジャーナリストの後藤逸郎氏は「引き受ける事業者はどういう勝算があるのだろうか」と話す。「そもそも五輪に便乗した周辺の再開発計画が場当たり的。運営者が見つかるまで3年も税金を使い続けてきたことに、人ごとである政府の姿勢が見て取れる」 まもなくパリ五輪が開幕し、再び五輪に注目が集まる。国内では25年大阪・関西万博の会場整備が、反対の声が高まる中で進む。後藤氏は強調する。「1964年の五輪と70年の万博という過去の成功にすがり、コンセプトがないまま勢いで突き進んだ。せめて国立競技場がなぜこのような事態になったのか、『負のレガシー』を将来への教訓とすることが必要だ」◆デスクメモ
東京五輪の公式ガイドブック(KADOKAWA)は「47都道府県全ての木を使ったスタジアム」を「風の流れで暑さ対策」「選手との一体感を生むダイナミズム」と紹介。目を引くのが「空席が目立たない5色の座席」だ。華やかな演出で汚点を隠そうとした祭典の象徴に見える。(本) 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。